授業づくりJAPANの「日本人を育てる授業」

わたしたちは誇りある日本人を育てたい。真の国際派日本人を育てたい。

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お待たせしました! 第2刷 発行しました!!

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齋藤武夫著『授業づくりJAPANの日本が好きになる!歴史全授業』(授業づくりJAPANさいたま)第2刷の発行です。品切れの間、たいへんご迷惑をおかけしました。
冊子の表紙

●すべての小学校教師、中学校社会科教師に朗報です!
授業づくりJAPANの「日本人を育てる歴史授業」が、誰にでも追試できるようになりました。
本書で授業を追試して、日本が大好きな誇りある日本人を育てましょう。

●お子様の歴史教育にも最適です。楽しく学びながら日本人としての誇りを育てましょう。

●どうかお子様の担任や身近な先生方、地域の学校の校長先生などに勧めてください。
どうぞよろしくお願いします。

本屋さんでは売っていません。
 お求めいただける方は、斎藤武夫(授業づくりJAPANさいたま代表)までご連絡ください。
 郵送しますので、2000円+送料は後払い(郵便振替)でお願いします。

《連絡方法》 ・Facebookでメッセージをください。

       ・または、メールをください。saitotakeo@jcom.home.ne.jp

       ・または、お手紙をください。
        〒337-0041 さいたま市見沼区南中丸230-3  
                          斎藤武夫


《連絡内容》 (1)お名前 (2)郵便番号とご住所 (3)電話番号  (4)冊数  

       (5)メールアドレス (6)教員種別またはご職業  

       *(1)~(4)は必須ですのでよろしくお願いします。


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本の表紙2

◆本書には、授業づくりJAPANが研究実践してきた歴史授業が、どなたにでも追試できるように書かれています。

◆本書の授業を追試すれば、どなたでも、楽しく・心にしみる・感動のある歴史授業ができます。

◆本書の授業を追試すれば、子供たちがよく考え、活発に話し合う授業(今流行のアクション・ラーニング)ができます。
 
◆クラスのほとんどが歴史好きになり、最後は日本が大好きになります。

◆これまでまったく無視されてきた学習指導要領の教科目標が必ず達成できます。
 用語の暗記や講義一辺倒の授業と決別し、歴史教育の王道に帰れます。

(小学校)「我が国の歴史や伝統を大切にし、国を愛する心情を育てるようにする」
(中学校)「我が国の歴史に対する愛情を深め、国民としての自覚を育てる。」

◆また、子供たちが日本人としての健康な自尊感を持つという教科を超えたすばらしい効果があります。
 自尊感のある子供の心は安定しています。優しさや公共心が自然と生まれ、学習意欲と向上心のスイッチが入ります。
 本書は学級経営全般に大きな効果がある実践です。
 
◆本書を読むと、6年生を担任すると否とに関わらず、長い間日本の教育が忘れていた大切なことに気づかされます。
 ですから、本書は日本の義務教育の教師にとって福音となる教養の書でもあるといえるでしょう。

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表紙6002


★本書の授業を行うと、どんな子供が育つのかを示します★

1 小学生の例
・いまからおよそ15年前、本書の授業のもとになる1年間の歴史授業ができました。初めてそのプランで授業した子供たちの、全時間学習した後の感想文を示します。公立小学校の6年生、1学級全員分です。

・データは次の通りです。   ◇書いた人  さいたま市立島小学校6年2組の子供たち(11歳~12歳)
                   ◇書いた日 平成12年12月21日
・本書の授業はこの15年後ですからさらに進化を遂げています。中学校でも十分手応えのある結果を出しています。

■六年生になってからずっと日本の歴史を学んで、今まで知らなかった日本の努力や危機などを知った。昔は人種差別や不平等条約などの問題でなやみ、戦争も起こってすごく大変で苦しかったろう。私達は、人々が努力して一番豊かになった時代に生まれたからその苦しさはわからないと思う。
 日本は縄文時代ごろからずっと長い歴史が続き、聖徳太子が日本を独立させたり、日本だけの文字、カタカナや平がなが誕生したり、幕府ができたりといろいろなことがあった。お茶や生け花、ずみ絵や家の造りなど、芸術的な日本らしい文化も生まれた。それぞれみんな外国にはない日本独特の政治や文化、考え方だと思う。織田信長も、西洋から取り入れた鉄砲を工夫して使い、長篠の戦いでうまく利用した。
 でも、外国との付き合い方や政治のしくみの考え方は、人によって意見がちがうこともあった。もし、別の意見だったら日本の未来は大きく変わっていたと思う。日本の産業の発達や豊かさ、人々の考え方など国全体が現在とは全くちがったかもしれない。そう思うと、今の日本があるのは昔の人々のおかげだ。別の意見のほうが結果的に良かったとしても、昔日本のためにがんばってくれた人々に感謝したい。
 日本の歴史を学び、いろいろなことを知り、いろいろな考えを持つことができて良かった。それに、今の私達や今の日本は、昔、日本を立派な国にしようと一生けん命努力した人々のおかげであることがわかった。
 日本の歴史を学んで、本当に良かったと思う。

■日本の歴史を学んでいろんな事がわかった。歴史を学ぶ前までは先祖の事なんて考えたこともなかったけど、先祖のことを学んだ時とても感動した。勉強をして感動するなんてなんか不思議だった。
 歴史のでき事、人物にとてもおどろいた。例えば聖徳太子の「日本の神を幹として、仏を枝としてしげらせて、日本を豊かにしていこう」と言う言葉には、ついなっとくしてしまった。聖徳太子はとても智恵があると思った。
他には第二次世界大戦争のことが心に残っている。多くの人をまきこんだルールのない戦争。東京大空襲や原爆どれもひさんな事ばかりだった。東京裁判で日本だけが悪いと言われて、今の日本人もそうだと思っている。このようなまちがいをなくして、日本はとてもすごかったという事を教えてあげたいと思う。
 これからの日本をきずき上げるのはぼくたちだということを教えてもらった。そしてそれが今まで日本のためにつくしてくれたご先祖様たちへの感謝だという事も教えてもらった。まさにその通りだと思う。この歴史の勉強で学んだ事を忘れずに、それを生かしてがんばって行こうと思う。

■私は、今の日本になるまでに色々な出来事があったことを知った。初めの縄文時代の授業で「遺跡」について話し合った。一つの写真からこれは何だったのかを考えた。家・墓・儀式をする場所などの意見が出た。たった一枚の写真から、色々想像するのはすごく楽しいと思った。それに縄文人が赤い物を身につけるというのにもびっくりした。もっと、縄文人は地味だとイメージしていたからだ。しかし、赤い物を身につけることによって、神様からパワーをもらえると信じていたらしい。現在のおまじないに少し似ているような気がする。
 一番心に残ったのは「平安時代」だ。授業で、平安の人々が生み出した日本らしい文化についてのプリントを読んだ時、もっともっと知りたいなあと思い、夏休みの自由研究で「平安時代」について調べてみた。書きたいことがたくさんあって、もぞう紙三枚分がすぐに書けた。歴史は奥が深いんだなあと思った。
 第二次世界大戦の授業でビデオを見た時、すごく悲しかった。ビデオには戦争で死んでしまった人の映像があり、それはすごくリアルで思わず目をおさえてしまった。この戦争が起こったために、大勢の人が死んだ。いなかのおばあちゃんの家にも戦死した人の写真がある。今までは戦死の意味がよくわからなかったけれど、今はなんだか複雑な気持ちがする。とにかく戦争は二度と起こしてはいけない。他の国と仲良くしていかなければならないと思うから。これからもずっと平和な日本であってほしい。
 私は歴史の授業を通して日本のことをたくさん知ることができた。これでやっと本当の日本人になれた気がする。先生のおかげで、他のクラスよりくわしく歴史の勉強が学べたので少し得した気分がしている。

■私は歴史を学んで思ったことがありました。学ぶ前は歴史に関心がなかったけれど、約一年間学んで、すごく関心を持つようになりました。こんなことがあったんだなーとか、この人はこういう考えなんだとか。
 あと、今の日本があるのは、歴史で活やくした人や生きてきた人たちのおかげだと思いました。何であの人はこんな事をしたんだろうって思ったりもしたけど、特に好きだった人は聖徳太子と西郷さんです。あと、他の国だけどパルさんも好きです。戦争のころの若い人たちも、国のために自分をぎせいにできる人たちも、すごい感動しました。
 私はもっと歴史の人たちのことを調べて、歴史のことをもっと知りたいです。そして、その人たちを敬って、これからの日本を私たちが歩んでいきたいです。

■日本の歴史を学んで一番強く思ったのは、日本はすごいということです。約一万年前ぐらいから今まで、いろんな出来事があったけど、それを一つ一つのりこえてきたからです。これまでの日本の歴史から一番強く感じたのは「人々の愛国心」でした。日本は日中戦争や大東亜戦争(太平洋戦争)など、さまざまな戦争を起こしてきたけど、自分の国のために命を捨てる人がたくさんいました。そういうところから愛国心が感じられました。
 私たちのご先祖達も、我が国日本をつくっていくためにがんばってきたんだなと思いました。日本の昔を生きた人々のおかげで今の日本があるのだと思っています。
 今の私たちが生きている時代は、技術や物などの豊かさがとても発達しているので、それはとてもいいことだと思います。でも、日本は目標を失いつつあるから、またそのピンチをのりこえ、目標を決め、それに向かって努力してほしいです。そのために、一人一人が勇気と希望を持って「これからの日本」を築いていけるといいと思います。

■日本の歴史を学んでいろんなことを学びました。教科書や先生からもらったプリントを読んで、縄文時代から現在まで、さまざまなことがありました。
 でも、一番心に残っているのは第二次世界大戦です。大勢の人が戦争に参加し、多くの人が戦死したり、あるいは、原子爆弾で罪もない一般市民が一気に死んでいます。これらは戦争のルールに反しています。
絶対に二度と起こしてはいけないと思います。
 これから戦争という悲劇を起こさないように、努力していきたいです。


■私は、日本の歴史を学んで、いろいろなことがあったんだなと思った。中国と「親分子分」の関係になったり、国が一つになったりした。
 四月に習った縄文時代は、動物をかったりしていた時代だったんだなと思った。まだ一つの国にまとまってはいなかったけど、楽しい毎日を過ごしていたんだと思う。弥生時代の終わりごろから、たくさんあった小さい国がまとまり始めた。
 平安時代になると、貴族は豊かな生活を送っていた。貴族は楽をしていたように感じるけど、短歌が発展して日本らしい文化ができた。これは貴族のおかげだと思う。
 長い江戸時代が始まった。鎖国のルールがつくられて、二百六十年もの平和がおとずれた。歌舞伎や俳句などでき、どんどん豊かになっていった。だけど、外国がオランダだけとつきあっている日本に怒って攻めこもうとした。阿部正弘たちはすごくなやんだと思う。日本の運命がかかっているからだ。
 明治時代は、天皇中心で身分のない時代だ。西洋列強に追いつき対等につきあえる国にするという目標を作った。日本は目標があるとがんばれた。日本は日露戦争に勝った。アジアで初めて、西洋と対等につきあえる国になった。だけど、日本の安全のために、同じアジア人を支配するしかなかった。日本はなやんだと思う。だけど、やらなかったら日本が危険だったから、しかたないと思う。  
 戦争時代がやってきた。世界をまきこんだ戦争が始まった。相手は原子爆弾を使って、戦争のルールをやぶったりした。日本もルールをやぶってしまったけど、アメリカは認めようとしないからすごく腹が立った。国のために命をかけてくれた人たちがいた。その人たちのおかげで日本がある。
 こうみると日本にはたくさんの歴史があることがわかった。発展やピンチもあったけど、それをのりきって日本ができた。私たちは、その歴史をもっと大切にしていかなきゃいけないと思う。

■日本の歴史を学んでよかった。
 私は戦ったり人が死んだりするのはきらいだけど、どうしても戦わなくちゃいけないところがたくさんあった。私は、人を殺す戦いは何も残らない、悲しみが残るだけだと思っていた。でも、歴史を学んでその気持ちが強くなったと思う。
 私の心に残っている時代は、江戸~明治時代。この時代の日本は、そこまでの時代の中で最も豊かだったと思う。そして最も近代化した時代だったと思う。
 心に残った人物は、維新三傑の大久保と西郷。この二人がとても仲がよかったのにはおどろいた。でも、もっとおどろいたのは二人の立場が敵同士になってしまったことだ。大久保は悲しかったと思う。でも、もっと悲しかったのは西郷の方と思う。もし、西郷が反乱軍をおさえることができたら、誰も死なずにすんだかもしれない。
 私が歴史で学んだことは、もう誰かが死んで誰かを悲しませないこと。もう戦争をしないこと。今よりも平和で豊かな国をつくることだ。私はもう、人が死んで人が悲しむのを見たくない。

私の中でいんしょうに残ったのは聖徳太子の時代です。中国との親分子分の関係をやめたからです。聖徳太子はこんなすごい事がどうしてできたのかなと思いました。私だったらこんな勇気なんてないから絶対にできないと思ったからです。
 そしてどんどんと独立していって、日本の色々な文化や行事をつくっていきました。日本人はどの国よりも頭がいいと思いました。
 戦争にもいっぱい勝ったり、負けたりもしました。負けたことで一番いんしょうに残ったのは、大東亜戦争に負けた事です。日本はアメリカに支配されながらもがんばったことがすごいと思うし、独立してからさらにパワーアップした事がすごいと思う。私はこの戦争で負けたことはよかったと思います。
 最近日本は不景気になっています。なので、私はこの日本を大人になったら景気よくさせたいです。

■四月から歴史を学んできて、日本にはすごい大きな歴史があるんだと思った。
 先生は教科書とちがうことを言い、歴史にはいろいろな方向からの見方があることを初めて知った。
 いろいろな時代の中で一番いいと思ったのは明治です。理由は、大久保・木戸・西郷のような英雄たちがかつやくするからです。あと、日露戦争でまさか日本がロシアに勝てるとはビックリしました。
 いろいろふりかえると、いろいろなことがあったなあと思います。縄文時代から平成時代までの勉強で、いろいろな人物の名がわかり、ますます歴史が好きになりました。
 最初に勉強したご先祖様のことで、計算の数はすごい数で「なんで~?」と思いました。 太平洋戦争後の日本は、すごい豊かになり「すごい」と思った。
 最後に、日本は歴史がある国だなー。

私は、日本の歴史を学んで初めて愛国心という言葉を知った。
 日本の歴史の中には、この心がたくさん出てくる。それは、日本の国民の多くが日本という国に誇りと自信を持っているからだと思う。

 日本人は、今までたくさんのピンチに直面してきた。そのたびに国のリーダーたちは、日本国の安全と同時に国としての安全を守るため、様々な「敵」と戦ってきた。その敵は、ある時は他の国であり、ある時は日本だった。
 古墳時代から日本は一つの国にまとまり始め、天皇(この時代は大王)を中心とする国になっていった。
 私はこの頃から、日本の国民には愛国心が芽生えたんだと思う。そして外国とのつきあいや戦争などをくり返すにつれて、その愛国心はより深いものになっていったと思う。でも、私は最近その愛国心がだんだんなくなってきていると思う。それは、人々が自分だけの幸せを求めているからだ。
 私は日本の歴史を学んで、改めてご先祖の努力に感動した。そして、私達も愛国心を持ってこれからの時代を生き、ご先祖のつくってきた日本という国をさらに発展させていく必要があると思った。さらに、ご先祖が夢見た平和で豊かな国に住んでいる私達は、次は世界平和への道へと進んでいく必要もあると思った。

いままでの日本の歴史を勉強してきて、日本人のすごさや日本(国)のすごさがよくわかりました。五年生の時までは中途はんぱにしかわかんなかったけど、六年生からは知らなかったことや不思議に思ったことが少しずつわかって、社会がとても好きになりました。 昔の大変な時代の勉強をしていて、今の平和な時代に生まれてラッキーだなと思います。いろんな時代を勉強して、時代の流れが変わっているなと思いました。日本の法律や憲法などが時代によってちがっていたり、日本の生活や文化も変化して、日本がとてもいい国になってきたことがとってもうれしかった。
 昭和の戦争の中でもなんとかのりこえて今のすばらしい豊かで平和な日本になれたのも、昔のえらい人たちのおかげだと思います。これからは、日本のことについていろいろ勉強して、日本をもっといい国にしたいと思います。

■ぼくは、旧石器時代から平成時代までやって、日本の歴史はすごく長かったし、とてもすごい人がいっぱいいてビックリしました。
 日本は色々な国に色々な文化を学び、それを生かして大仏などを作れるなんてすごいと思いました。ぼくは、明治維新から第二次世界大戦までが一番印象に残りました。特に明治維新は、西郷や大久保など有名な人がいっぱいいたからです。江戸幕府を倒して明治の国づくりに大きく貢献したのは、とてもすごいと思いました。ぼくは日清・日露戦争で朝鮮を支配したが、不平等条約が改正されたのはよかったと思いました。
 第二次世界大戦では、原爆や東京大空襲など色々な被害を受けました。ぼくはくやしい気持ちがしました。その戦争での被害などの裁判をした東京裁判で、日本が一方的に悪いと言われたのはちょっとイヤな感じがしました。でも、パルさんはちがって、日本が一方的に悪いわけではないという証拠をいっぱい書いてくれた。なのに、それが取り上げられなかったり、本当のことかどうか分からない検察側の意見はいっぱい取り上げた。そこの所からもイヤな感じがしました。
 ぼくは歴史を学んで日本の昔の文化や色々な人が活やくしたことを知って、とてもおもしろく思いました。でも、昔の人は今みたいに豊かではなかった。その中でもがんばってこれたのはとてもすごいと思いました。先祖などの事を知れてとても勉強になったと思います。
 最後にもうこれで歴史の勉強は終わりだけど、昔がんばった人の事を忘れずに、ぼくたちは生きていかなければならないと思いました。

■歴史を七ヶ月も学んだけど、縄文時代から現在までは、七ヶ月じゃあかなり短いと思いました。とくに聖徳太子は、はじめに何か行動を起こした人だからすごいと思いました。

■一学期、二学期、歴史を学んでわかったことは、日本は初めから豊かじゃなかったとわかりました。日本人は、どの国よりみんないっしょうけんめい仕事をして、世界のトップに立って、すごい国だと思いました。これからもどんどん発展していくといいと思いました。

■日本の歴史を学んでまず思うことは、縄文時代から平成時代までの間に、いろんな出来事があり、すごい変わったなと思う。授業もいろんなかたちでやってきて楽しかった。歴史をやって心が変わったような気がする。 今気になっていることがあって、それは自分の先祖のことを深く知りたい。
 歴史ははじめ興味がなかったけど、やっていくうちに興味をもちはじめた。一番興味をもった所は、ペリーの時だ。考えるところが多かったし、好きな人物が活やくしたからだ。好きな人物は西郷隆盛だ。最後、大久保と戦って死んでしまったけど、やさしい人物なので好きだ。
 最後、自分も先祖になるようにがんばっていきたい!

■最初は、日本の過去なんてどうでもいい、今生きていればそれでいいと思っていました。だけど、今からすごく昔の縄文時代に自分の祖先がマンモスにつぶされていたら、今の自分はないだろう。そのあとの自分の祖先は戦国時代などもいきぬいた。
 今の自分は奇跡だ。といったら、みんなが奇跡だ。
 自分の祖先に会ったことは、おじいちゃんとお母さんとお父さんしかいないけど。自分を生んでくれてありがとう。


■私は、歴史を勉強してみて、たくさんのご先祖たちが、日本のためにすごく努力し、ピンチをのりこえてきたことがわかりました。
 縄文時代から現在までをふり返ってみると、まだ一つにまとまっていなかった日本が、今ではもうアメリカと同じぐらい豊かになり、大きく変わっていることがわかった。
 日本はとてもすごい国だと思う。たくさんのピンチはあったが、時代ごとに英雄が現れそのピンチをのりこえ、日本の独立と平和を守ったからです。
 大正から昭和時代は政治を失敗し、第二次世界大戦が始まってしまった。東京大空襲や原子爆弾で多くの人がぎせいになった。でもこの戦争はむだではなかったと思う。この戦争の後、アジアなどの植民地が独立したからです。焼け野原から四十年、残った国民が努力したからこそ、今の平和で豊かな日本があることがわかりました。日本のためにぎせいになった人、日本のために努力してくれたご先祖たちに感謝したいです。

■今までの日本の歴史をふり返ってみると、いろんなことを先生に習ったなあと思った。最初に習ったのは、あんまり覚えていないけど、卑弥呼からの歴史は覚えています。いろんな人が出てきて日本のためにがんばってくれたけど、何をやってくれたのかは忘れてしまいました。人の名前は覚えています。聖徳太子や中大兄皇子などが最初らへんに出てきたのは覚えています。ついこの前にすごい戦争のことなどを習ったけど、ばくだんのいりょくがすごくって、日本もやっぱり昔の日本とはちがうんだ!と思った。いまはけっこう平和だけど、これからの日本はどうなるのか。そして、日本の歴史でこのあと何を習うのか。楽しみです。

■僕は、今年の四月から歴史を学んできて、過去の日本がわかった。縄文時代から弥生、平安・・・明治と、いろいろな時代といろいろな人を勉強してきた。
 特に僕が印象に残ったのは、大正から昭和までの第二次世界大戦の事だった。原爆・東京大空襲などのいろいろなひがいを受けた日本。アメリカは残こくだと思った。
 ぼくは、東京裁判を習ったとき、これはおかしいと思った。あっちは日本だけが悪いと主張している。裁判官も不平等な判決をくだしたのはおかしいと思った。 僕はこの歴史を勉強して、ご先祖の暮らし方や出来事などがわかった。このことを生かして、今後もいろいろなことを調べてみたい。

■日本はいろいろなことを外国に学んだ。そして、ピンチになるとすごい人が出てきたりした。日本が占領されたのはたった七年間だけというのはすごいと思います。

■縄文時代からやってきた歴史も、もう現代にきた。その時代の先祖のやってきたこと、考えたこと、身なりまでもがとてもよくわかった。それぞれの時代の人々が今の私たちに直接かかわっている。それを知った時、私はとてもどきどきした。自分の先祖はどんな人だろう。何をしていたんだろう。とても興味深かった。日本は何回も危機に出会った。それでも、それぞれの時代の英雄たちが解決してくれた。
 私が歴史を勉強して一番楽しかった時代は、聖徳太子の時代だった。そが氏対物部氏の討論もおもしろかったけど、私は歴史を勉強して聖徳太子を一番尊敬したからだ。
 日本の危機を先祖達が解決してくれたけど、これから危機が起きたとき、先祖達はもういない。だから、今の私たちががんばらなければいけないと思う。

■私は、四月から今まで歴史を学んで色々なことを知りました。
 その中で一番心に残ったのは、太平洋戦争のことです。それは小学校で軍事練習をしたり、毎日のご飯がみそしるとふき・あじ・ごはんだけだったりしたからです。本当に戦争をしていたときはつらかったんだなと思いました。それに戦争をするために戦いに行った人は、自分が死ぬとわかっているのに、自ら戦いに行って本当に勇気があると思いました。こんな勇気がある人がいたから、今の日本があるのかなと思いました。太平洋戦争のことや色々な日本の歴史を学んで、とても尊敬しました。
 今まで色々な人が日本を発展させていい国を作ってきてくれたから、今度は私たちがいろんな事を学んでもっといい国にしたいと思います。

■ぼくが歴史を学んで一番最初に不思議に思ったのは、縄文時代の外国にあった物が日本にあったということだった。
 今まで学んできた歴史には、すごい人がたくさんいた。聖徳太子や織田信長や豊臣秀吉や大久保利通とか、この日本にはすごい人がたくさんいた。黒人を売ったりした国の人など、すごくひどい人も出てきた。
 でも一番歴史で心に残ったのは、人とかではなくて、なぜ国はほかの国を支配しなくてはいられないのかなと思った。たしかに植民地を持っていると自分の国に利益があるのはわかっている。けどちゃんと話し合いをして、ちゃんとみんなが安全にくらせる世界になってほしい。いや、これからの時代をつくっていくぼくたちが、そういう世界にしていかなくてはいけないのだ。だって日本人は目標を持った方が強いんだから。
 この日本という国の歴史を学んでとてもよかったと思う。こんなすばらしい歴史を教えてもらえるのも、ぼくたちのご先祖のおかげなんだな。

■一年間歴史をやって楽しかった。
 聖徳太子は「国のかたち」をはっきりと決めたからすごい。中国との「親分、子分」の関係をやめ、天皇中心の対等の国になった。 心に残ったことは、太平洋戦争のことだ。神風特攻隊は、この日本を命をかけて守ってくれたからだ。もしあの若者たちがいなければ、今の日本はどうなっていただろう。
 そう思うと、今がとても幸せだなあと思う。今の生活が豊かになったのも、この人たちのおかげだと思う。それに、日本の人たちも、独立させるためにがんばった。
 やっぱり歴史はすごい!

■ぼくは、日本の歴史を学んで日本はすごいなと思った。日本は、アメリカに七年間支配された以外は、どこの国にも支配されていないなんてすごい。
 日本の歴史には、すごい人もたくさん出てきたな。西郷さんや秀吉などたくさんすごい人がいた。この人たちがもしいなかったら、今日本はどうなっていたのかなと思う。きっとこの人たちがいなかったら、今はどこかの国に支配されていたと思う。
 戦争で焼け野原になってから、アメリカと同じくらい豊かになったのもすごいな。日本はほんとうにすごい国だ。

■ぼくは歴史を学んでいろいろ知りました。昔の日本はえらい人がいっぱいいたんだなと思いました。ぼくは何を書くとはいいません。いろいろ学んできて、いっぱいの人がいて書ききれませんが、その中の一つをえらびました。
 「ペリー来航」。
 これが心の中のベストテンに入ります。いろいろの人が出ているから入る。(一位は最初にやった「ご先祖さま」の勉強です。)二千年前、日本はまだできていなかったのかなと思いました。人物では、坂本君が最高。

■もう歴史を学んで八ヶ月がたった。この八ヶ月間で、ぼくはいろいろな歴史を学んだ。ぼくは歴史なんて全然興味がなかった。ぼくはいやいやで歴史の授業をやった。
 最初は、縄文時代のことをやった。だけど縄文時代の授業はすごく楽しかった。ぼくはちょっと歴史の授業に興味を持った。
 やっとぼくが知ってる人の名前が出てきた。聖徳太子だ。聖徳太子は、十七条の憲法や冠位十二階を行ったり、遣隋使を送ったりしました。その後も、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康などが日本のリーダーになったりしました。
 ぼくはこの歴史の勉強をしてよかった。もっと勉強していきたいです。

■私は今まで勉強し、八ヶ月がたちました。そして私は学んで思ったことがあります。
 縄文時代から今まで、日露戦争や太平洋戦争などがあって、国はぼろぼろになって、日本が焼け野原になってしまったけど、なんとか生き残った国民は、なんとかして再び豊かな国に追いつこうとがんばった所、約四十年でやっとアメリカの豊かさに追いついてよかったなと思いました。
 こうして今があります。
 私はこれからも勉強をがんばりたいと思います。



私は、縄文時代の時から今まで、ずっと歴史はつながっていたんだと思った。そして、今も歴史は進み続けているんだと思った
弥生時代に初めて卑弥呼というリーダーが現れてから、日本は天皇をリーダーにして発展していったのだと思った。日本が一つにまとまったころ、中国から米作りなどの文化が伝わってきてから、日本は他の国との交流が始まった気がする。
 そして、六世紀から七世紀ごろに、聖徳太子がかつやくした。私は、聖徳太子が国のかたちをはっきりと決めたから、今まで日本が一度しか支配されずに、ここまでやってこれたのだと思う。このころから日本は中国に追いつこうとしていたことにはおどろいた。それは、日本が西洋の国に追いつこうとしていたことにつながっていたと思う。これもやっぱり歴史のつながりなんだと思った。そして、七世紀についに戦いが起きた。これで初めて、日本として戦ったことがわかった。でも、戦うことばかりではなく、奈良の大仏ができたり、文化も発展していったからすごいと思った。そして、日本の文化も発展していって、かな文字ができて、短歌が発展し、日本の行事が生まれた。私は、かな文字ができたことが特にすごいと思った。そのかな文字がなければ、今日本人みんながこまっていたかもしれない。こんな前にできたかな文字が今でも使われているなんて、本当にすごいと思った。
 それから日本は戦国時代になった。私は、日本の中で戦いをしてはぜったいにいけないと思った。またいくつもの国に分かれてしまったら、日本がここまで発展してきた意味がないと思った。でも、そんな中、戦いをおさめられる人物も現れ、日本はまた一つにまとまれた。よかったと思った。
 一八五三年、ペリーがとつぜん日本に乗りこんできた。私は、このころから西洋の国々とかかわってきたことが太平洋戦争になった一つの原因だと思った。でも、江戸幕府が終わったことはよかったと思う。このまま幕府を続けていたら、日本はただ西洋の言いなりになっているだけだったかもしれないからだ。
 でも、明治時代になってから、日本は変わったと思う。人々は平等や自由をもとめるようになって、今の人々とすごく似ていると思った。しかし、新しい社会が始まったとたんに戦争が起こった。日露戦争には勝ったけど、その後の戦争は日本が負け続ける戦争になっていった。太平洋戦争だ。でも、日本は負けても戦い続けた。私は、ここまでして日本を守った人々はすごいと思う。きっと今の人にはできないと思う。「日本のためなら死んでもいい」そうみんなが思っていたんだと思った。でも、アメリカはそれ以上に強く、原子ばくだんを落としてきた。たくさんの人々が亡くなり、たくさん人が悲しんだ。こんなことをするアメリカはひどいと思った。私は戦争だけはしたくないと思っている。でも、この時の人々がもう戦争はしないという気持ちを日本国民に伝えてくれたから、私も戦争をしないという気持ちを持てたのだと思う。
 歴史を勉強して、一番大切なことは自分の考えを持つことだと思った。それぞれの時代にすごく意味があって、全て今につながっている。それを忘れてはいけないと思った。
 歴史は今も進み続けている。このままずっと日本の歴史が進み続けてほしい。

■縄文時代はとてもおもしろかった。やばんな生活だけど、僕たちの先祖なんだなと思った。海に暮らしている人と、山や岡に住んでいる人で分かれていたんだっけな。石で作ったやり、縄文土器など、昔の人の工夫もすごく感心した。このあと弥生時代になって米が入り、もっと豊かになるのかなと思った。
 弥生時代には戦争がけっこうあったなあ。国が分裂して、バラバラだった。その中に一人立ち上がったのが女王卑弥呼だった。なんかとてもすごかった。卑弥呼はめったに人の前に出ないし・・・ちょっとこわい。この時代は中国と親分・子分関係だったから、いったいどうなるのかなと思った。この時代を勉強していたとき、早く親分・子分の関係を直して、平等にしたいなあと思った。その後改正されてよかった。 古墳時代は迫力があった。古墳の大きさにびっくりした。しかも十五年八ヶもの年月をついやし、六百八十万人が働いたことになったので、とても大変だと思いました。たしか、名前は前方後円墳というとても変わった名前だった。このころの大王や豪族は手厚くほうむられてよかったと思う。はにわも最初出てきたときは、けっこうびっくりした。大和朝廷が日本を統一したのがよかった。
 飛鳥時代になって、一しゅんにして何もかもが進歩したので、どうしたのだろうと思った。聖徳太子が一番目立っていた。冠位十二階を定め、能力のある人をどんどん取っていったり、十七条の憲法を定めたりして、ものすごい働きだった。とにかく聖徳太子はすごかった。遣隋使のたった一枚の手紙で、中国と対等になれたのはすごかった。 奈良時代といえばやっぱり大仏だ。すごい大きなものだった。東大寺はその大仏が入っていたのだから、東大寺もでっかいんだと思った。日本はこの時、完全に仏教の世界になったんだと思った。行基もすごいと思った。行基がいなければ大仏はできなかったかもしれなかった。
 平安時代は藤原氏が権力を持っていた。藤原氏はあまいい人には思えなかった。有力な貴族を追放して力を伸ばしていくのはきたないと思う。それとちがって、明るい一面もあった。けまりや船遊び、ひらがなや、かたかなができ、かな文字で書かれた文学作品も生まれた。この部分でも進歩したと思う。
 鎌倉時代は、御恩と奉公がとくに印象深く覚えている。それから一所懸命という言葉もできた。これは初めて知った。かさがけや、やぶさめで、武芸を競い合うのもいいと思った。東大寺南大門の金剛力士像は迫力があった。それと、この時代に一番心に残ったのは、やっぱり元との戦いである。戦って、幕府は後にほろびてしまったが、日本は元にせん領されなくてよかった。
 室町時代は足利義満が権力を持ったなと思った。とくに金閣はすごかった。びっくりしたことは、金閣を建てる費用がすごかった。今のお金で六百億円だという。けど、たしか義政の時代になって権力がおとろえた。室町といえば、やっぱり応仁の乱だ。この争いが十一年も続いたのはびっくりした。このとき各地に戦国大名が立ち上がった。知らない人も多かったが、知っている人もいた。この時は、この先どうなるのだろうと思った。
 安土桃山時代は、けっこう好きだ。各地の英雄が争い合う。長篠の戦いで一人飛び出てきた信長。はっきりいって、一回、織田信長には天下を取ってもらいたかった。鉄砲を取り入れたので、あの大名たちの中からぬけだせたのだと思う。豊臣秀吉が信長のあとをついだのでよかった。検地や刀狩りをして豊かにしていった。
 江戸時代はとくに発展したと思う。参勤交代や武家諸法度ができた。キリスト教もすごかった。天草四郎の一揆は十二万人の人数でやっとたおせたのだから。発展したといえば、寺子屋や歌舞伎ができて、とても町がにぎやかになった。江戸時代の終わりにペリーが来た。幕府は開国してしまった。そのだらしなさに、倒幕しようという人が出てきた。
 明治時代はいろいろな英雄が目立った。天皇中心の国にもどるとはおもわなかった。富国強兵をしたり、文明開化をしたり、西洋に追いつくのに必死だったと思う。自由民権運動もよかった。国民の意見を聞くのはとてもいいと思った。あと、日本はよく戦争をした。とにかく、ロシアに勝ったことによって、西洋からいい立場で見られてよかった。だけど、なんとなく、こんどは西洋と親分・子分の関係になっている気がした。
 大正・昭和・平成。どこから昭和や平成になったのか、いまいちおぼえていない。始めのころは女性の地位向上で運動したんだ。そういえば、女性で目立った人はあまりいないなと思った。やっぱり第二次世界大戦はすごいと思う。満州事変、日中戦争、太平洋戦争。負けてしまったけど、またもとにもどってよかった。さらにすごい進歩をしたのでよかった。

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表紙6003


2 中学生の例
・これ平成27年2月19日、浦和実業学園中学校2年生が書いたものです。
 ただし、1学級分ではなく、3学級から抽出したものですの。

●先生の授業を受け続けて、私は「愛国心」というものを深く学びました。
実際私は歴史は好きでなかったし、日本はどうせ悪いことをいっぱいしてるんだな
という考えで固まっていました。
一転して、日本は秀才国だし、国民のことを第一に考えている良い国だなあと思う
ようになりました。

今の日本が平和な国であるのは、私たちのご先祖様たちあっててのことだと考える
ようになったのも、先生の授業を受けたからです。

また、歴史って教科書通りのことがすべて正解ではないんだと思いました。なので、
いろんな本を読んで歴史への関心を深めていきたいと思います。

私が先生の授業で心に残るのは1年生の時の一番初めの授業です。はじめて愛国心
のことを知ってから、今までずっと忘れないで授業を受けたので、先生の授業はと
ても感情が入ってしまうことが多かったです(笑)。

これからも違う先生に歴史を学ぶだろうし、日本をひどく言う先生もいるでしょう。
でも、私は中学校2年間で先生に教わった愛国心を絶対に忘れません(断言!)。

ほんとうに充実した授業をありがとうございました。
私も、日本に何事か貢献できるような人間になりたいです。


●2年間の歴史の授業で印象が強かった授業は、1番初めのご先祖様の授業です。
普通はあまり他の人と関係ないとみんな思っている(自分は思っていた)けれど、
本当はずーっと昔にさかのぼってみると、自分たちのご先祖はほとんど血はつなが
っていました。命のバトンと国づくりのバトンが大昔からつながって、日本人の私
が生きてることもすごいです。

やっぱり歴史は楽しいしすごいなあと思いました。
自分の好きな平安時代が他の時代より授業数が少なくて残念だったけど楽しかった
です。

今までの授業で一番考えた授業は第二次世界大戦中の授業です。
理由は、授業で見た東京大空襲後の映像と原爆投下後の映像、なにもしていない普
通の歩いている人を攻撃していたアメリカの戦闘機。思ったのは悲惨だし、あまり
にも残酷で、感情がないように見えました。人の命を軽く見ているような道徳的に
も人間的にもひどすぎると思いました。

それに、戦争犯罪を問う東京裁判では、戦争に負けた日本だけが罪に問われました。
自分的には不公平だし、いくらひどいことをしても戦争に勝てばその国がやったこ
とが帳消しになるのは良くないことだと思います。
二度と戦争は起きてほしくないと思った授業でした。


●私は2年間たけお先生に教えてもらい一番心に残ったことは、たけお先生の日本や
歴史に対する思いです。
どんなときにも教科書などにはのっていない正しい歴史を教えてくれ、日本は正し
いと言うことをしっかり教えてくれました。

私が心に残った歴史は、日本がアメリカに占領されてしまったことです。
日本の悪口を言うことや、日本だけが悪かったと教えることや、日本軍だけが残虐
だったと教えることや、日本を裏切ることなどを、すすんでやるように命令されま
した。それは今も続いています。

支配とはこういうものだからしょうがないかもしれませんが、とてもひどいなと思
いました。

アメリカ軍はとてもひどくて日本人を人と思わず殺していました。
日本軍は日本を信じて最後まで戦っていて、すごく日本を信じて戦っていて、すご
く尊敬しました。すごく日本はかっこいいなと思いました。
刺されるのも、撃たれるのも、爆弾で死ぬのもすごく怖いと思うのに、アメリカ軍
に立ち向かって行っていて、私はこのような人たちがいたから、日本は植民地にも
成らず、日本がずっと生き残れてきたのだなと思いました。


たけお先生のお話で聞く日本軍の戦いはとてもかっこよく、残虐な殺し方をされて
も強い心を持ち、自分の国がどうやったら正しく生き残れるのかを真剣に考えてい
て、とてもすごいと思います。
私はたけお先生に教えてもらったことを心にとめてこれからも歴史を学んでいきた
いと思います。


●小学校の頃から学んできた歴史。しかし、その時代の人々の気持ちを考えたこと
があったでしょうか。私はありませんでした。歴史もただただノートを取っている
だけで、歴史の用語を学んできただけで、中身を知りませんでした。

でも今は違います。
その時代、その日に、その人に何があったのか。何をしたのか。それがなぜか。考
えるようになりました。

私の考えがたとえ間違っていても、歴史に強い興味を持ったことは確かです。

私は本当の意味で「歴史にふれる」というのはこういうことだと思います。
というのは、歴史にふれるというのは、ただ歴史を知るってことではないと考えま
す。歴史の知識ももちろん大切だし必要だと思いますが、それは表面しか見ていま
せん。本の名前知ってる!、あこの人見たことある!と同じです。

でも、その中身を見ると「うらぎり、争い、戦争、対立、殺人・・・」があったわ
けです。そうやって、先祖は、悩み、考え、苦しみ、よりよいと考えて決断し、今
の日本が守られてきたのです。

だれにも未来はわかりません。しかし、私たちは今まで学んできた歴史を知ってい
ます。こんどはこれを私たちが未来のために生かしていく番です。
それが学んだ私たちの役目です。

「日本を知らずに、日本を本当の意味で愛することはできない!」と思います。
なので、私はもっと日本を知り、先生のような強い愛国心を持ちたいです。


●やはり私が一番心に残ったことは、戦前と戦後のアメリカの日本に対する対応で
す。特にひどいのは原爆を落としたことです。東京大空襲もそうです。
日本はアメリカに対してあんなひどいことはしていません。

日本人にとって天皇は「日本の命」といっていい存在です。
その問題をあやふやにしたポツダム宣言を出して、日本がすぐに返事が出来ないよ
うにしておいて、広島と長崎に原爆を落としました。
罪のない人々が殺されてしまうのはひどいです。

ですが・・・今私が思っていることは、自分が生まれたのが戦争のない平和な時
代で良かったということです。私はとてもひどい人間だと考えました。口だけなら
誰だって広島・長崎で殺された人はかわいそうだの、アメリカは最低だの言うこと
が出来ます。
しかし、いざ戦争になり戦うことになれば今の人々は「日本は平和主義じゃなかっ
たのか?」だの、戦争で死ぬのはイヤだの、口だけはみんな達者だと思います。
私もその一人だと思うと悲しいです。私もこのように自分を批判することしかでき
ません。

なので、改めて日本を守るためにアメリカやイギリスなどの強い連合軍と戦ってく
れたご先祖様に感謝したいと思います。日本は今までにいろんな経験をしてきまし
たが、戦前~戦後が日本を一番変えてしまった重要な時期だと思います。

ですが、アジアの独立のために日本が力を貸したり、ユダヤ人を助けたり、日本は
外国人とは比べられないほど優しくたくましい人々がたくさんいました。
昔の日本人が日本という一つの国として立ち上がり、一所懸命に戦ってくれたこと
をもっとたくさんの人に伝えていきたいです。


これまで2年間国史の授業を受けてきて、特に日本には天皇がいることの重要性が
わかりました。
小学生のころは、天皇は単に偉い人という認識しかなかったけれど、今まで歴史を
学んできて、日本にとっていなくてはならない人物だと思いました。

また、祖先たちの心の持ち方にも心打たれました。みんな天皇のために(それは日
本のためにと同じことですが)、たとえ自分の命が危険にさらされるようなことで
あっても、積極的にやります。現代の日本人にはおそらくそんなことはできないで
しょう。
私がそう思う理由はいくつかありますが、中でも第二次世界大戦はこれら二つを表
していると思います。

大戦後、日本の武器がアメリカ軍に回収され壊されていくというシーンをビデオ学
習で見ました。そのナレーションでは「アメリカは武器の回収による反発が起こり
長引くと考えていたが、躊躇せずに武器を出す日本人を見て、マッカーサーは、日
本にとって昭和天皇は重大な存在だとわかった」と語っていました。日本全体にこ
こまで影響を与え、外国人にも日本いなくてはならない人物だと思わせるだけの統
率力を持っているのは天皇しかいません。


次に戦争の最中ですが、若い男性は赤紙という紙で戦地に送り込まれ、女性は労働
力を補うために一生懸命働きました。残された日記などを見ると、日本のために戦
うことが出来て光栄だという気持ちが表れている感じでした。もし自分が今赤紙を
受け取ったら、もしかしたら「行かないと殺されるから」と思って戦地に行くかも
しれません。「国のために役に立てて嬉しい」と思いながら行くことはないと思い
ます。
正直に言うと、なぜそこまでの愛国心が持てるのかは、齋藤先生に歴史を教わった
のにもかかわらずまだよくわかりません。
私がこうなったのは、占領軍によって今の日本から大和魂が奪われたためだと思い
ます。

これら二つのことから、私は、これまでの授業から、日本に天皇のいる意義と祖先
の大和魂を学びました。だから、これからは天皇陛下に敬意を払い、日本の素晴ら
しいところをたくさん見つけて、自分の中に愛国心を育てていきたいです。



この2年間で縄文から終戦まで学んできました。塾や小学校で学んできた内容とは
まったく異なっていました。

 だから最初は困りました。
 どっちが正しいのかわからなかったからです。
 しかし先生が持ってくる授業への意気込みや新鮮な資料を見て、先生のほうが正し
いと考えるようになりました。
 私は将来社会科の先生になろうと思っています。
 先生に教えられたのは「物事に対する見方と教え方」です。
 先生は一方の見方からではなく、二方から物事を見ていると思います。
 すべての物事に良いところと悪いところを見つけて、一方だけを否定するのではな
く、肯定するところを多く持って教えていると思います。
 
歴史は過去のことなので実際に確かめることや事実を正確に見つけることは難しい
ですが、できることは自分の調べられるところまで調べ、事実に近いづいている歴史
を後世につなげていくことだと考えます。
 授業後に書く感想文では、自分の意見を改めて確認することができ、より深い自分
の考え方を見つけたくて、歴史を勉強する時の姿勢が変わりました。昔は苦手意識が
あった歴史も、いまは好きな教科になりました。
2年間ありがとうございました。


●僕は中学に入る前は歴史には興味が無く、得意な教科ではありませんでした。
 しかし、先生の授業を受けて、歴史の概念がただ暗記するめんどくさいものから、
昔から今までの日本の物語を読んでいるような、大切であり、学びたいものへと変わ
っていきました。

 歴史の授業で一番心に残ったのは武士です。
 武士には日本の伝統があり、日本の心があると思います。誠実・強い意志・愛国心
というものは、今でも忘れてはいけない心だと思わせてくれました。

 いま戦争について授業を受けさせていただいていますが、戦争というものは非常に
恐ろしく残酷なものですが、学ばなくてはいけないと思いました。
 人類は戦争以外にもひどいことをたくさんしてきましたが、それから目を避けるん
ではなく、どれだけひどいのか、もう一度起こらないようにするにはどうすればいい
のか、再度確認していくことが大事だと思いました。
 また、これからの歴史を作っていく僕らにとって、歴史を学ぶことはなくてはなら
ないことだと思います。
 先生の熱い大和魂をいつまでも尊敬しています。今までありがとうございました。


先生は日本と海外の国のつながり方や関係など、日本視点で詳しく教えてくれてあ
りがとうございます。
 明治大正から文明開化が始まり、その後、戦争へとつながっていったあたりから、
日本にずっとある大和魂が見られました。
 先生の授業を受けて日本の印象ががらっと変わりました。
 小学校では日本は悪者あつかいで、「日本は悪い国だ!!」と教わりました。
 だが、先生の授業を受けて「やっぱり日本は悪くないんだ!!」と思います。
 ますます日本が好きになりました。
 
 やっぱり日本史は齋藤先生に教わるのが一番だなと思いました。
 大和魂は私もずっと持って行きたいです。
 できればずっと齋藤先生に教わりたいです。


●私はこの2年間で歴史についてたくさんのことを学ぶことができました。
 おもに、戦争や戦争下の生活や外国との関係について学びました。
 その中でもとくに印象に残っている授業があります。
 それは「戦争犯罪」についての授業です。
 私は元々、戦争にルールがあったとは知らず、ただ爆弾や銃などを使って相手の兵
士を無差別に殺すだけのものだと思っていました。
 でも、実際には、指揮官の下で制服を着て戦い、民間人の殺害は禁止、そして捕虜
の虐待の禁止など、たくさんのルールの中で戦っていたことを知ったときはとても驚
きました。
 けれどもたくさんの国がそのルールを意図的に破り、民間人の殺害などをした国が
あったのはとても悲しいことだと思います。
 そんな中、日本軍は戦場の混乱の中で起きてしまった戦争犯罪はありましたが、総
理大臣や指揮官が意図的に起こしたルール違反がなかった日本はすごいと思いました。
あまり知られていませんが、世界に誇るべき事実だと思いました。

 この1年間はとくに、あまり知られていない事実や、一般的な考えとは違う視点から
の考えを学ぶことができて本当に良かったと思います。


2年間歴史を学んで思ったことは、日本人は昔も今も人のことを思いやり、助け合え
る、優しい人なんだなということです。

 他国の独立を手伝ったり、2年間で日本人の良いところがたくさんわかりました。
 先生の愛国心が授業のたびに伝わってきました。
 私が一番心に残っている授業は「負けた日本を支持した人々」です。あのプリント資
料がすごく印象に残っています。
 連合国ではなく、負けた日本を支持した国や人々がいるんだと知ってうれしくなりま
した。
 結果的には戦争に負けてしまったけど、アジアの独立という戦争目的が果たせたこと
は、本当の意味の勝利だったのではないでしょうか。
 しかも、日本は戦争が終わってからも約1000人がインドネシアから帰国せず、オラン
ダと戦って独立に貢献したことを知ってうれしかったです。


2年間日本の歴史を学んで、日本がこれほど歴史があり、皇室がとだえなかった世界
でも類を見ないすばらしい国だということを知りました。

 また、日本は昔から優秀な人材が多数あらわれて上手に国を治めてきました。
 そして明治維新では国民が一致団結して、国難を乗りこえていきました。
 そして人種差別とてってい的に戦い、欧米諸国の有色人種へのけいべつを批判して
きました。
 それどころか、欧米諸国から植民地にされていた国の人々を救いました。そして、
日本が大東亜戦争に敗れた後も、現地に残り、その国の独立に手を貸した人もいました。
 話は変わりますが、日本の歴史には、中国のように過酷な労働をさせたり、トップの
都合で国民を虐殺したりしたことは一度もありません。これは日本の歴史で誇れる点の
一つだと自分は思っています。
 そして、自分は今、アメリカなどによってねじ曲げられて、わからなくなっていた本
当の日本の歴史を学ぶことができて本当に良かったと思っています。だから、本当のこ
とを次の世代に伝えられるようにしたいです。
これまで2年間ありがとうございました。


●ぼくが武夫先生の授業を2年間やって、わかったことは、先生はすごく日本が好き
で、誰よりも日本のことを愛しているということです。日本の良いところや、今でも
日本が隠していることを話したりして、すごくわかりました。ふつうの学生が知らな
いことをぼくたちは知っています。それも先生の授業によって説明されたことです。
 アメリカや中国によって日本は悪いことをしたことになっていますが、先生の授業
を受けて日本は悪いことをしていないことがわかりました。
 すごく良い授業で、日本のことがすごくわかりました。すごく先生の授業が好きで
した。
 先生の授業を受けて考えたことは、日本の、つまりぼくたちの、ご先祖様のことで
した。日本の存続のためにがんばってきたご先祖様に感謝したいです。



最初の授業で学んだ、昔に戻れば私たちはみんな血がつながっているということが
すごく心に残りました。
みんな同じ血すじな事を知って、それなのに争っていること
がおかしいなと思いました。それは第2次世界大戦にも言えると思い、平和でいたい
なと強く願いました。
 その発想は、戦後のアメリカに洗脳されたのかもしれないけど、日本も自分たちの
平和を守る為に戦った訳で、みんなが平和を求めているのではと思います。
 私は、第二次世界大戦の日本が悪い事は絶対に無いと思います。祖先の人々が一生
懸命国のために戦ったのを悪く言う人を許せません。
 今の自分たちがいるのは、彼らが戦ってくれたからだと思います。それなのに悪く
言うのはおかしいです。それこそ日本人としてありえないのではと思いました。
 また、そうなるように仕組んだアメリカのことも許せないです。大和魂を消そうと
いう計画は、ひどいものだと思います。

 あと原爆も。私はそんな非人道的な行いは人として認める事はできません。
 戦争に勝ったから、何をしてもよいんですか!
 そういうことこそ裁判にかけるべきだと思います。戦勝国がすべて決めてしまうの
はふざけていると思います。私は、だからアメリカやヨーロッパの国々、中国を許し
ません。
 世界の不公平さを改めて感じました。
 これからの日本をもっと他の国々に流されない、相手になる国になって欲しいです。
 世界を相手にできる国に、これから私たちがしていくべきだと思いました!



●先生の授業を毎回楽しく受けさせてもらっています。私は毎回平均点以上で、僕の
中ではものすごい好成績を収めた参りました。それもすべて先生のおかげです。
 話は本題に入りますが、ぼくは日本国憲法がGHQのまだケツの青いクソガキが書い
ていたことにびっくりしました。
ふざけやがって!2000年も伝統のある日本国のルー
ルを決めるのにこんなガキが書いていたことが本当にショックです。
 先生に教えてもらっていなかったら、こんな大事なことを誰も教えてくれなかった
ので、ぼくはたぶん破滅の道をたどっていました。
 次に、東京裁判のキーナンが憎たらしかったです。日本ばかりにルール違反、戦争
犯罪と言っています。
 戦争犯罪はアメリカのほうだろう!いっぱい犯しているだろう!と思いました。
 特に東京大空襲なんて罪のない10万人もの命が奪われたまさに悪夢。その中には、
女、子供、老人もいたでしょう。特に子供なんて、家に帰って家族がいなかったらど
う思うでしょうか?自分に見立てて考えてみてください。訴えられるのは間違いなく
キーナンだと思います。
 ぼくはキーナンみたいなひきょうな男にはなりたくないです。


●2年間お世話になりました。私は歴史マンガが好きでよく読んでいましたが、おお
まかなことしか書いてありません。先生の授業でたくさんのことを知りました。
 江戸幕府を大政奉還に導いた影のキーマンが龍馬だったことや、吉田松陰の手紙、
スターリンの演説(さい氷船テーゼの)、は特に心に残っています。

 身はたとい 武蔵の野辺に朽ちぬとも 留め置かまし 大和魂

この辞世は、吉田松陰の意志の強さと自分がやってきた事への自信を感じました。


 明治以降のことはあまり詳しくなかったのですが、先生が持って来てくださった資
料がわかりやすくて、詳しくなりました。
 先生の授業は考えることが多かったのが印象的です。事あるごとに考えたことで、
もっと深く歴史を知れた思います。深かったのです。

 日本をはじめ世界中がだまされたスターリンの作戦はすごいけど、恐ろしいものだ
し、ずるがしこいと思いました。当時の偉い人がみなだまされたのは驚きでした。
 とてもためになりました。ありがとうございました。


私は、2年間の歴史、国史を学び、日本の天皇への尊敬心、国民の一致団結の心など、
日本のほめていいべき点や、すごい点などを学びました。
日本も他の国のように内乱
はあったが、差別はそこまでしなかった。
 明治から昭和にかけての時代は、欧米列強のように他国を支配したことは一度もない
とわかった。日本は他国を発展させようとした。素晴らしい行動であると考えます。
 しかし欧米列強の行動はひれつであり、裏切りもあれば、人種差別もあり、大量虐殺
までありました。東京大空襲・原爆・ソ連の強制労働など、本当に怒ってもいいと思い
ます。
 日本国も真珠湾攻撃というひきょうな行動をしたのは事実であるが、もしそれで裁か
れるなら、連合国にはその何十倍もの思い罰が必要であると思います。
 しかし、ブレークニー弁護人のように、外国人がすべて悪い人ではなく、日本の思い
がわかる人や、日本を理解できる思考を持っている人はいるとわかりました。それは希
望だと思いました。

 先生の授業はすごく詳しい内容で、わかりやすい自作の資料プリントでほんとうの国
史を教えてもらえて良かったです。2年間ありがとうございました。

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本の表紙3

3 最後に授業を追試してくださった先生方や講座を聴いてくださった先生方の声です
・平成26年から、千葉県の船橋で「教師のための:斎藤武夫先生の歴史授業講座」を開催しています。今年は3年目で、歴史全授業を解説するというものすごい企画に毎月取り組んできました。4月~11月まで7回。今回ご紹介した本は、はじめはこの講座のためのテキストとしてつくられました。参加希望の方はご連絡ください。


●K・I先生(千葉県小学校)20代・女性
(第1回平成27年4月)
 今年初めて6年生を担任しております。そこで一番不安な教科が社会でした。
 昨年も一度お話を聞かせていただいたのですが、知らなかったことだらけで
驚きました。今年は歴史を教えなくてはいけなくなり、本当に不安でしたが、
今日の模擬授業を交えた講座で、具体的に授業をしている姿を思い描きながら
聞くことができました。次回もよろしくお願いします。

(第2回平成26年5月)
 運動会練習の関係で思うように授業が進んでいないのですが、追試をさせて
いただいて明らかに子供たちの反応が違います。
 授業中は前のめりの姿勢で、話し合いは活発に自分の意見をぶつけ合う。授
業後は授業内容について子供たち同士で話し合う(休み時間中)という感じで
す。
 本当に齋藤先生の授業には力があるのだと実感しています。
 次回も楽しみです。ありがとうございました。

(平成27年6月第3回)
 本日もありがとうございました。前回の懇親会でもお話しさせていただきま
したが、社会の授業後は子供たちが集まって話をしています。
「おれはAだったけどさー・・・」
「今日のクイズ全問正解したー!!」
「社会得意になったかも・・・」などです。
 授業中の子供の顔つきも違います。

 私は歴史が大嫌いでした。なんで過去のことを学ばなきゃいけないの?と
いう気持ちからです。でもそれは我が事として歴史を捉えていなかったから
なのだと、齋藤先生のお話から気づきました。この人、すごいなー。日本人
ってすごいなー。と子供たちももらしています。
 これからも追試させていただきたいです。よろしくお願いします。


●I・Y先生(千葉県小学校)20代・男性
(平成26年5月第1回)
 とても感動しました。私は今年初めて6年生の担任となって歴史を教える
ことになりましたが、今日ほど歴史を教えることに前向きになったことはあ
りません。
本当にありがとうございました。

(平成26年8月第2回)
 今回も大変勉強になりました。自由民権運動と大日本帝国憲法は、私が
子供ながらに社会科が嫌いになった所でした。
「政府は民衆を押さえつけ、日本は軍事国家に歩みを進めていく」という
印象を植え付けられました。
 今日のお話をうかがい、子供たちには引き続き変わらぬ、日本人の勤勉
さ、和を大切にする力を授業を通して伝えたいと思いました。


●O・M先生(千葉県小学校)中堅・女性
(平成27年6月第3回)
 前回も参加させていただきましたが、とてもクラスの反応が変わりました。
 私自身も楽しく授業ができたので今回も参加させていただきました。

 大化の改新前の
「あなたがリーダーだったら、A蘇我氏を支持するか、天皇の血筋を守るか?」
のところの授業は特に大盛り上がりでした。
 A,Bを選んだ子それぞれが、これまでの授業や聖徳太子の政策をもとに理由
を書いており、私自身が「お~!」と言ってしまうほどでした。



●K・M先生(千葉県)中堅教員・男性
(第2回平成26年5月)
 今年度は6年を担任しています。歴史を教えるのが楽しくてしょうがありま
せん。それは齋藤先生の追試をすることで、子供が楽しく授業に参加し、学
級の子供の多くが授業を楽しみにしてくれるからです。

 今回の講座を受けて、改めて国史を教えることで国家観を教える。この大
切さを学びました。天皇について、日本の歴史が作った現在に残る大切な存
在としてきちんと教えることです。摂関政治・幕府政治の図がとてもわかり
やすかったです。権力者に支配される国のかたちを教える教育から脱却した
いと思います。世界一の国日本をたくさん教えたいと思います。

(平成27年6月第3回)
 毎時間追試しています。
 子供の反応が良く、歴史の受業を楽しみにしている児童が多いです。
 特に発達障害と言われている児童は社会を楽しみにしています。その時代
のリーダーになりきっていろいろと発言します。
 今日学んだ南北朝時代は、建武の新政(天皇の権力)は3年しかもたず、
2人の天皇が誕生するなど、天皇について考える大事な時代だと思いました。
授業をするのが楽しみです。
 天皇-政府(摂関・将軍)-大御宝(国民)という先生の図で時代を追い
かけているので、子供もよくわかってきました。


●U・M先生(東京都小学校)20代・女性
(平成27年6月第3回)
 齋藤先生の授業を山﨑先生から教えていただき、追試してきました。
 子供たちと一緒に考えながら、歴史を楽しく学んでいます。
 毎回思うのですが、齋藤先生のもとで学ぶたびに、日本がさらに好きにな
り、歴史が苦手で授業をすることがおっくうだった気持ちが、今では日本の
素敵なところを子供たちに伝えていきたいという楽しさに変わりました。

 これからも勉強していきたいと思っています。


●H・M先生(東京都小学校)20代・女性
(第2回平成26年5月)
 齋藤先生の授業を受けて、歴史の中に自分が入り込んだような感じがしま
した。そしてリーダーになったような気分でした。自分だったらどうする考
えて、理由も話すところがとても楽しかったです。また、正解・不正解では
なく、これを選んでいいたら日本の運命が変わっていたかもと考えるとワク
ワクしました。「あってるとか、あってないとかじゃないんだよ」という先
生の言葉が印象的でした。

 私が小学校~高校で学んだ歴史は、人物と年号、出来事の名称を覚え、教
科書に出てくる順番に暗記すればテストで100点取れてしまうようものでし
た。今日の齋藤先生の授業を受けて、歴史の授業はこうすれば楽しくできる
んだ!
と思いました。また日本が好きになりました。ありがとうございました。

(平成27年6月第3回)
 鎖国や踏絵など「どうしてこんなことするんだろうな~?日本が海外から
遅れるだけなのに・・・」と思っていましたが、今日勉強し直して、こんな
背景(目的)があったのか!と気づかされました。日本に宣教師が来て、日
本も植民地にされていたかも知れませんが、秀吉のルールのおかげで日本が
守られたとは驚きでした。
 鎖国は(1)国の安全を守り西洋とつながる、(2)国内の秩序を守り平和
を維持するものであり、鎖国のおかげで今の日本があるんだなあと思いまし
た。日本のためによく考えていたことがわかりました。
 また日本が好きになりました。ありがとうございました。


●O・K先生(東京都小学校)20代・女性
(平成27年5月第2回)
 私は今まで歴史と言えば暗記というイメージしかなく、”歴史が楽しい”
と感じたことはありませんでした。しかし、齋藤先生の講座を受けさせてい
ただいて”歴史を学びたい”という気持ちが生まれました。

 初めに自分の先祖について考える活動をしたため、今までの歴史は自分と
無関係ではないのだということに気づきました。

(平成27年6月第3回)
 前回に引き続き「自分がリーダーだったらどうするか?」と考える授業
展開がすごくおもしろかったです。違う方の選択肢を選んだとしても、
「もしこの時自分の選択をしていたら、いったい日本はどうなったのだろう」
と考えたりして、すごく歴史に引き込まれていく思いでした。

 先生が「子供の鉛筆の音が、頭がフル回転しているように聞こえる」と話
されていましたが、先生の授業を受けてそういう気持ちが実感できました。
 今日も「日本という素晴らしい国に生まれてよかったな」という気持ちを
味わえました。特に「頼朝が武力を持たない朝廷を倒そうとしなかった」と
いう事実を改めて考え、鳥肌が立ちました。
 早く自分で歴史の授業がしたいです。本当にありがとうございました。

●S・N先生(埼玉県小学校)20代・女性
(平成27年5月第2回)
 本日はありがとうございました。私はまだ6年生の担任をしたことがない
のですが、はいやく教えたい!ととても思いました。私自身は歴史の授業に
そこまで興味が持てない児童だったのですが、今日の授業はとてもおもしろ
くお話を聞くことができました。
 歴史は表面的な流れを聞いて暗記するというイメージでしたが(自分の経
験上)、1人のリーダーの気持ちになって考えていくことで、興味を持て聞
くことができるのだとわかりました。
 それぞれのリーダーの思いを考えるという一貫性をもって、自分も教えら
れたらと思います。
 また、日本の歴史に対するイメージがそんなによくない部分もあったので
すが、そうではないということもわかってきました。国家が人民を支配する
のではなく共同体であるという所や、日本の良いところ(仮名の偉大さ!)
などを知れてとても良かったです。
 自分自身が日本を好きになって歴史の考えが少し変わった気がします。

●M・M先生(千葉県小学校)20代・男性
(平成26年8月第2回)
 情報の羅列の歴史ではなく、当時の人々の思い、葛藤に焦点を当て、他人
事ではない自分のこととしての歴史が、未来の日本を担う子供に必要なもの
だと感じました。先祖への感謝や敬意を前提とした歴史教育を、我々教師一
人ひとりが使命感を持って行っていかねばならないのだと思います。そのた
めには、どのような背景で、どのように考え、どのようなものを目指したの
か、一つ一つ理解していくことが必要で、知らなければならないことがたく
さんあることがわかりました。
 いつ6年生を担任しても良いように、これからも参加していきます。

(平成27年5月第2回)
 先生の歴史の授業を受けると、今の平和ボケした日本人が失ったアンテナ
や嗅覚を取りもどすことができるような気がします。具体的には、外交・日
本を取り巻く国際情勢への感度であったり、国政への関心であったり、先人
への感謝であったり、伝統文化への完成であったり、日本という国家への興
味関心を失い、他人事のような無責任な態度、そのくせ自己権利ばかり追い
求める危機的状況を打破していくためには、このような教育から始めるほか
ないと思います。早く6年生を受け持ち歴史を教えたい気持ちが強のですが、
今はその素地を耕すことに専念し、自分にできることに専念していきます。
 次回もよろしくお願いします。


●H・K先生(埼玉県小学校)中堅・女性
(平成27年5月第2回)
 本日念願かなって先生のセミナーに参加することができました。
 約3時間半、あっという間でした。歴史の面白さは人物や事柄のつながりだ
と思うのですが、先生の授業には「あ!あのときの」とか「そうやって出会っ
たんだ」など身近に感じられ、楽しくわかるエピソードがたくさんありました。
 また、リーダーとしてどちらを選ぶかという質問は、政治や国の問題に関心
を持つ人間を育てることにもつながるのではないかと思いました。
 今歴史を教えてはいませんが、はやく歴史の授業をしたいと思いました。

(平成27年6月第3回)
 前回ですっかり先生のファンになりましたので、今日は仲間をつれて参加さ
せていただきました(4名)。
 本日印象に残ったのは、西洋とどうつきあうかというところです。
 時代背景を知って、日本のリーダーとして考えると、小学生でも答えが出せ
ることに驚きました。こうやって子供の時から国のことを考えた経験が必ず大
人になったときに生きてくると思いました。
 また、国のために命をかけて生きてこられた偉人の方々を知ることで、誇り
を持ち、もっと日本を好きになるなと感じました
。私は個人的には、夢を持ち
続けてその時々でできる精一杯のことをした伊能忠敬が大好きです。
 私も子供に自尊感情を持たせられる教師になります!本当にありがとうござ
いました。

●M・M(千葉県小学校)中堅・女性
(平成27年4月・第1回)
 私は高校から世界史を選んでしまったので、日本史(国史!)は難しいイメ
ージを勝手に持っていましたが、齋藤先生のお話を聞いてすごく身近に感じて
面白かったです。きっと、導入の命のバトン・国づくりのバトンに惹きつけら
れたからだと思います。
 また「選択発問」の与え方や指導するときの声のかけ方、資料の読ませ方な
ども丁寧に教えていただいて、すぐ自分の学校の6年生の先生方に伝えようと
思いました。
次回は同じ職場の先生たちを誘います。

(平成27年5月第2回、この日は6年生担任を3人連れて見えた。)
 前回に引き続き、歴史をもっと知りたくなる受業でした。1回目の時に見せて
いただいた金印に興味を持ち、GWに福岡市立博物館に実物を見に行ってきまし
た。そのときに、福岡が朝鮮半島にとても近いことや、今日教えていただいた
元寇のことなども知ることができて、とても面白かったです。
 いつも選択肢が用意されている参加型の授業に無理なく楽しく学ばせていた
だいております。今日もありがとうございました。

(平成27年6月第3回)
 いつも授業の前に話される講座の意図を聞くことができて幸せだなあと思い
ます。小学校で教えたいことに「自尊感を持つことが意欲や向上心につながる」
というお話がありましたが、クラスの子供たちを見ていて、本当にそうだなあ
と思いました。

 先生が用意してくださっている”生き方を問う設問”は、私たち大人にとっ
てもそうですが、子供たちにとってもおもしろい、歴史の授業をおもしろくす
る手立てだと思います。

 そして、発表者の発言への先生のコメントが、より一人ひとりの考えのよさ
を引き立たせ、思わず笑ってしまいます。鎖国が将軍の気まぐれではなく、国
を守るためだったと知って驚きました。
 一緒に参加した6年担任の友達(追試している)から、6年生の反応の良さを
聞いて、私も実践して自分のものにしていきたいです。


●O・M先生(千葉県小学校)20代・女性
(平成27年5月第2回)
 国の実権を握る者がほとんどの冨を持ち、優雅に暮らし、庶民はいつも虐げ
られているイメージを、私も持っていました。けれどもその恩恵を今になって
日本人が受けていること、国は一部の実権者だけでなく、役割分担をしてみん
なでつくっていくものだということを教えていかなければと思いました。

 よくわかっていないことだらけで、歴史っておもしろいなという気持ちを持
てずにいました。先生のお話を伺い、歴史の面白さに気づくことができました。
 ありがとうございました。

(平成27年6月第3回)
 日本のもとになる考えは、何度も繰り返しひっくり返されそうになり、それ
が何度も阻止されてきたことがわかりました。日本の歴史が自分のルーツにつ
ながっているということ、自己肯定感を高める歴史学習がだいじなのだと思い
ました。
勉強になりました。


●H・M先生(千葉県小学校)ベテラン・女性
(平成27年5月第2回)
歴史を学ぶ意味は、先人の行ってきたことを生かして世の中を整えていくこ
とだと思います。今日教わったことの中に、日本人ってすごい、すばらしいと
思うことがたくさんありました。個よりも公を優先し、判断の基準は国のため
になるかどうかです。現在の日本も、このような考え方だ対処していくべきこ
とが多いと思います。
ですが、その大切な部分をゆがめたり、かくしたりして
学んできた人が世の中を動かそうとするから日本はダメになるのでしょう。外
国の考えに流されず、Yes・Noを的確に判断して言える政治家に日本を動かし
てほしいと思いました。
 教育によって「公の心」を育てていくことが、私たち教師の仕事だと思いま
す。日本の先人が要所要所どういう道をどのように選んできたかということを
伝えていきたいと思いました。
ゆがめられていること・かくされていることを
これからももっと勉強していかなければならないと思います。これからも、こ
のあたりを取り上げていただきたいと思います。よろしくお願いします。

(平成27年6月第3回)
 歴史について正しい認識を持っているつもりでしたが、まだまだ知らないこ
とがたくさんありました。50年も日本で生きているのに知らずにいたことが恥
ずかしいというか残念でした。
 東京裁判の授業を『学校でまなびたい歴史』で追試させていただいたことが
あります。裁判官を明かすと、子供たちがブーイングしていたのを覚えていま
す。この授業を全国の6年生にしてあげたいと思います。
また同じ授業を連合
国諸国でもやって、日本の名誉を取りもどしたい。世界の人々に、連合国はす
べて正義で日本はすべて悪だとしたこの裁判がまちがっていたことを訴え続け
たいと思います。そのためにも、まずは日本の子供たちに正しい歴史認識を持
たせられるようにしたいと思います。 

●Y・T先生(東京都小学校)30代・男性
(平成27年4月第1回)
 歴史は「他人事」ではない!「自分事」なんだ!という気づきがあるから
こそ、子供たちが前のめりに歴史を学ぼうと思えるのだと思いました。だか
らこそ、命のバトン・国づくりのバトンの授業はとても大切だと思いました。
そして、歴史を通してご先祖様への感謝を学ぶのが歴史の授業の一つの目的
だということもわかりました。

 「ほめるための教材研究」という言葉にもしびれました。先生の授業づく
りへの思い、姿勢もまねさせていただきたいです。

(平成27年6月第3回)
(1)国のかたちをもとにして歴史をとらえることが大切だと気づきました。
 建武の新政と足利義満の中華冊封体制をそれぞれ別のものととらえていま
したが、日本の長い歴史の文脈で考えると「天皇→権力者→大御宝」という
基本のかたちからははずれたものとして見ることができるとわかりました。

(2)歴史学習のなかには、子供でも見極めることのできる本質が隠されて
いることがわかりました。例えば義満の時代の問題を現代の日本と中国の関
係に結びつけて考えると、本質では同じことが起こっているなどと捉えられ
ると思いました。「ただ昔のこと」ではなく、当時の歴史を学ぶことで現代
の問題を考える糸口にすることができます。

(3)鎖国のとらえ方がわかりました。「2000年の日本の歴史という文脈の
中で考えると、鎖国は賢明な判断だった」という先生の一言になるほどと思
いました。


●H・K先生(千葉県小学校)ベテラン・女性
(平成26年度第1回)
・先生の本は数年前に購入し追試もさせていただきましたが、ふり返ってみ
ると表面的な事柄を伝えただけだったなあと思いました。先生のお話はとて
も深く、日本は本当に良い国だと実感できました。

(平成26年度第2回)
・先生のお話はいつも物語を聞くようで、とても親しみやすく、わかりやす
いです。教科書を読むと、出来事の羅列になっており、そこには感動もない
し、何の感情もわいてきません。先生のお話をうかがっていると、当時の日
本人が何を考えていたのか、当時の日本人の気持ちになって考えることがで
きました。自分の知らないことばかりで、特に、大日本帝国憲法の印象が大
きく変わりました。

(平成26年度第3回)
・今日は参加できてほんとうに良かったです。これまで中学校・高校と自分
が教わってきたこと、いえ教えてもらえなかったことを講義していただき、
戦争に対する見方が変わりました。正しいことを伝え、子供たちが日本に生
まれて良かったと思えるような授業をしていきたいと思いました。

(平成27年4月・第1回)
・歴史は教わることも教えることも苦手で、学生時代はひたすら年号と出来
事の暗記でした。今日お話をお聞きして歴史はドラマなんだと思いました。
また古代から現代までの日本のたどってきた道をいくつかに分けて意味づけ
したことも、大変わかりやすかったです。

【日本民族文化の基礎が築かれた時代→古代日本の国づくりの時代→日本の
伝統文化を形成した時代→近代日本の国づくりの時代→白人中心の世界の中
で日本の生き方を探究した時代(現在)】

 実際の歴史を学ぶ前に、今自分がこうしているのはご先祖様のおかげであ
り、その時代、その時代に、ご先祖様が生きていて、指導者と共に日本を創
ってきたというイメージを持たせることが大事だというお話がとても印象的
でした。


(平成27年度第3回)
・先生のお話を聞いていると、自分が抱いていた歴史上の人物の印象がずい
ぶん変わります。細かいエピソードを知ることにより、ああこうするのも自
然なのだという気持ちが湧いてきます。
 また「神と仏」「家来の国と対等な国」「天皇中心の国」などキーワード
が布石になって、次の授業、次の時代の学習に生きてくるのだと思いました。

 同じ学校の6年を担任している先生方にもお伝えしていきたいです。
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本の宣伝です!


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完売御礼!!!
本書は売り切れてしまいました。
ご注文いただいた全国1000人の先生方に心より御礼申し上げます。
現在増刷を準備しています。
ご希望の方はもうしばらくお待ちください。


ご注文は受け付けています!

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齋藤武夫著『授業づくりJAPANの日本が好きになる!歴史全授業』(授業づくりJAPANさいたま)
冊子の表紙


●すべての小学校教師、中学校社会科教師に朗報です!
 本書で授業を追試して、日本が大好きな誇りある日本人を育てましょう。

●教職ではない皆さまは、どうかお子様の担任や身近な先生方、地域の学校の校長先生などに勧めてください。
どうぞよろしくお願いします。

***********************************************

◆本書には、授業づくりJAPANが研究実践してきた歴史授業が、どなたにでも追試できるように書かれています。

◆本書の授業を追試すれば、どなたでも、楽しく・心にしみる・感動のある歴史授業ができます。

◆本書の授業を追試すれば、子供たちがよく考え、活発に話し合う授業(今流行のアクション・ラーニング)ができます。
 
◆クラスのほとんどが歴史好きになり、最後は日本が大好きになります。

◆これまでまったく無視されてきた学習指導要領の教科目標が必ず達成できます。
 用語の暗記や講義一辺倒の授業と決別し、歴史教育の王道に帰れます。

(小学校)「我が国の歴史や伝統を大切にし、国を愛する心情を育てるようにする」
(中学校)「我が国の歴史に対する愛情を深め、国民としての自覚を育てる。」

◆また、子供たちが日本人としての健康な自尊感を持つという教科を超えたすばらしい効果があります。
 自尊感のある子供の心は安定しています。優しさや公共心が自然と生まれ、学習意欲と向上心のスイッチが入ります。
 本書は学級経営全般に大きな効果がある実践です。
 
◆本書を読むと、6年生を担任すると否とに関わらず、長い間日本の教育が忘れていた大切なことに気づかされます。
 ですから、本書は日本の義務教育の教師にとって福音となる教養の書でもあるといえるでしょう。

本屋さんでは売っていません。 
 お求めいただける方は、斎藤武夫(授業づくりJAPANさいたま代表)までご連絡ください。
 郵送しますので、2000円+送料は後払い(郵便振替)でお願いします。


《連絡方法》 ・Facebookでメッセージをください。

       ・または、メールをください。
        (アドレス) saitotakeo@jcom.home.ne.jp

       ・または、お手紙をください。
        〒337-0041 さいたま市見沼区南中丸230-3  
                          斎藤武夫

《連絡内容》 (1)お名前 (2)郵便番号とご住所 (3)電話番号  (4)冊数  
         (5)メールアドレス  (6)教員種別またはご職業 
       *(1)~(4)は必須ですのでよろしくお願いします。

読者の声がすごい!服部剛『先生、日本てすごいね』(高木書房)

発売後1ヶ月、「すばらしい!」「感動した!」の声が止まりません。
そこで、今回は読者のレビューをお届けします。


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電車の中では読めません

楽しみにしていた服部先生の新刊が手元に届きました。
どのお話も、感動し、また子供たちの感想を読むと、これが真の道徳教育であり、平和教育なんだと感激しました。
最初は、電車の中で読み始めましたが、読んでいると感動で涙が溢れて、とても公の場所では読めません。でも、皆にこのような素晴らしい本があることを知ってもらうためには、どんどん公の場所で、本を広げて読みたいです。
本当にこのような授業を日本中の先生が子供たちにして下さったら、日本の子供たちは、とても素晴らしい大人に育ってくれるだろうと思います。祖国に誇りを持ち、堂々とした国際人となってくれると思います。良いご本を出版していただきありがとうございました。


こどもも、大人も!感動の授業

中学生という多感な時期に、こういった道徳授業を受けられた生徒たちはなんて幸せなんだろう。
朝日新聞の記事から始まる自衛隊機墜落の事故についての授業。
授業のおわりに、「ではこれらをふまえて、君たちならどういう見出しの記事にする?」という試みはとても面白い!また生徒たちの作る見出しの素晴らしいこと。
すべての授業が、涙無しには読めない素晴らしい内容でした。
私も自分の子たちに読んできかせようと思います。
そして、この本を読んで、中学教師の採用試験にチャレンジしてみようと思いました。
もうイイトシですが、こういう授業をしたい!


魂が揺さぶられる実在の人生ドラマです。感動の涙、涙が溢れました・・・。

人生に自信が持てない人、大きな壁にぶつかっている人、日々の生活に喜びを感じられない人、悔いのない人生を生きたいと思っている人、この本に出てくる登場人物と出逢ってください。人間が本来持っている人間としての素晴らしさに、あなたの共感脳が、心からの感動・感激・感銘の気持ちを引き出してくれることでしょう。


こんな教師がいる限り、日本人の精神は決して亡びることはない。

 横浜市内の公立中学校で道徳の授業を受け持つ著者が、日本人の優れた心性やそれに触れた外国人との感動の物語などを紹介し、生徒たちに考えさせる授業の内容を公開した一冊。いじめや学級崩壊など、教育現場からは何かと芳しくないニュースが多く伝えられる中、これほどまでに生徒たちのことを真摯に思い、また、これほどまでに生徒たちを惹き付け、自己犠牲や他者への思い遣りなど、日本人ならではの美徳を子供たちの胸に刻もうとする教師が今時いたのかと、失礼ながら、驚きを禁じ得なかった。同時に、毅然とした生き方を貫いた数多くの日本人の姿に、繰り返し溢れる涙を到底抑えることが出来なかったし、授業を受けた後の生徒たちの感想文にも、何度も胸を打たれた。こんな教師がいる限り、日本の教育現場と将来は決して捨てたものではない。そんな力強い思いが胸中に湧き起こった。
 多くの人が同様なのではないかと推察するが、本書を読んでいて最も目を惹かれたのは、スズメバチに全滅される西洋ミツバチと、団結してスズメバチを撃退する日本ミツバチの生態の違いを説明した第15章である。まさか日本ミツバチが、集団で団結して大きな力を発揮することを、同じ土地に住む人間から教わったということはないであろうから、単なる偶然だとは思うが、日本人の特性が日本に住む昆虫にまで見られるというのは何とも面白い話である。
 翻って思う。日本人が古来から受け継ぐこれほどまでに顕著な美質も理解できず、「侵略された。」だの「搾取された。」だのと事実無根を叫んでいるあれらの隣国は、一体どこまで浅ましい国々なのだろう。恥を恥とも思わぬとは、まさにこのことである。また、日本人のこのような美質を必死に否定し、日本を貶めようと躍起になっている、日教組を中心とする反日左翼の歪んだ心情を思うと、そこまで虚しい奮闘を重ねなければ気が済まない彼らの大いなる行動力には、ただただ頭が下がる。


武士道精神に溢れた先人たち

他で読んだ話もあったが、多くが初めて聞く話で、何故こんないい話が埋もれていたのか、と驚かされることばかりだった。

最初は大東亜戦争末期、沖縄県知事として住民とともに奮闘した島田叡を散り上げ、「役割と責任」を考えさせている。
前知事が逃げてしまい、後任を引き受ける人物がいなかったため、昭和20年1月、神戸出身で当時大阪府に勤務していた島田に、「沖縄県知事になってほしい」との要請が来た。間もなくアメリカの上陸が確実だったため、生きて帰ることは出来ない任務だったが、島田は即答で引き受けた。「誰かがどうしても行かなならんとなれば、断るわけにはいかん。死ぬのは恐いが、卑怯者といわれるのはもっと恐い」。そして拳銃と青酸カリを持って赴任した。二度と生きては帰らぬ決意を秘めての赴任だった。
島田知事は軍との協力に努め、遅れていた県民の疎開を推進し、その結果、約16万人の県民の命が救われたという。
アメリカ軍が上陸し、追い詰められ、「知事さんは県民のためにもう十分働かれました。文官なんですから、最後は手を上げて出られてもよいのではありませんか」と提案された時、島田知事は「一県の長官として、僕が生きて帰れると思うかね。沖縄の人がどれだけ死んでいるか、君も知っているだろう」とその責任感は全く衰えなかった。最期は、職員たちに別れを告げ、一人で壕に向かったという。
わずか5ヶ月足らずの在任だったが、「沖縄の島守」として多くの県民に慕われ、今も慰霊碑を訪れる人が絶えることはない。

ポーランドやトルコの恩返しの話もよかった。
第1次世界大戦後、ポーランドはプロイセン・ロシア・オーストリアから独立したが、シベリアに流刑されていた10数万人のポーランド人は帰国ルートがなく、飢餓と伝染病に苦しんでいた。救済委員会はヨーロッパやアメリカの政府に救援を依頼するが、欧米諸国はことごとく拒否し、唯一手を差し伸べた国が日本だったという。
日本赤十字社と日本陸軍の兵士らは酷寒のシベリアの地に入り、すぐに56名の孤児を東京の宿舎に届け、3年間で765名の孤児を救い続けた。飢餓と重い伝染病で衰弱しきっていた孤児たちを、看護婦がつきっきりで看護した。もはや手遅れと思われた少女に、若い看護婦が毎晩ベッドで添い寝をした結果、少女は奇跡的に命を取りとめたが、その看護婦は腸チフスに感染して死亡したという。
そうして健康を取り戻した孤児たちを祖国ポーランドに送り返す時、孤児たちは親身に世話をしてくれた日本人と別れることを泣いて嫌がったという。孤児たちは日本語で「アリガトウ」を繰り返し、「君が代」を斉唱したという。
「いつか恩返しをしたい」と考え続けていたポーランド人が、阪神淡路大震災と東北大震災で痛手を受けた子供たちをポーランドに招待した。多くの生徒がポーランド人の恩義の深さに驚き、感激したという。
トルコは明治時代の1890年、和歌山県の沖で遭難したトルコの軍艦の乗組員を村人が総出で命懸けで救助した話を、教科書に載せて子どもたちに教え続けている。そのため、国民の9割近くが「最も好きな国」として日本を選んでいるという。
1985年、イラクとイランの戦争のさなか、イランのテヘランに取り残された日本人500人を、トルコ航空機がイラク軍の攻撃開始のわずか1時間前に救出した。トルコ航空の搭乗員は危険を冒してまで、他国民である日本人を救助したのである。先人たちの偉大な行いが後世の日本人を救ったのである。

大東亜戦争初期の昭和17(1942)年2月、イギリスの戦艦2隻が沈没し、400人以上の乗組員が漂流していた。この時、偶然通りかかったのが日本海軍の駆逐艦「雷」だったが、敵の潜水艦が行動している水域で人命救助するのは危険な行為で、しかもこちらの乗組員はわずか150人で漂流者よりずっと少なかった。「雷」の艦長は悩んだが、救助を決断し、部下の日本兵は総力をあげて救助に当たった。重油や汚物にまみれたイギリス兵を、日本兵は汚れを拭き取って親身に世話をした。敵に助けられたイギリス兵の一人フォール氏は感激して、艦長への恩をずっと忘れず、戦後、艦長の消息を探し続けた。艦長が既に亡くなっていることを知った後も遺族や関係者に会ってお礼を言いたいと探し続けた。
「雷」の乗組員のほとんどがその後戦死したため、この話は知られていなかったが、2003年にようやく遺族が見つかった。そして、平成20(2008)年12月、艦長の「墓前祭」が開催された時、フォール氏は89歳の高齢で心臓病を患い、医者から止められていたにも拘わらず、艦長の墓を訪れた。車イスに乗っていたフォール氏が墓前に来ると、「座ったままでは失礼」と、介助の人に助けられながらなんとか立ち上がって手を合わせたという。
日本の武士道と英国の騎士道があったからこその話である。

終戦直後、幼い弟の遺体を背負って焼き場に来た9歳位の少年の、ピシッと背筋を伸ばし、悲しみを抑えた険しい表情は、神聖といっていいほどだった。これほどまでピシッとした姿勢を取れる日本人が今いるのだろうかと思った。
写真を撮ったのは、日本に敵愾心を持っていたアメリカの若い軍人で、彼は敗戦直後の日本の調査を命じられ、長崎にやって来た。日本の敗戦を「ざまあみろ」と喜んでいたこのアメリカ青年は、この少年の姿に衝撃を受け、また他の日本人の礼儀正しさにも驚き、「原爆は決して落とすべきではなかったと死ぬまで言い続けるつもりです」と語っている。

ユダヤ人にビザを発行して多くのユダヤ人の命を救った杉原千畝の偉業は近年よく取り上げられるようになったが、ユダヤ人を救ったのは彼だけではない。
昭和13(1938)年3月、満州のハルビンで勤務していた樋口季一郎少将は、満州とソ連の国境に辿り着いた2万人のユダヤ難民が満州国に入れてもらえず、吹雪の中、野宿同然で凍死しかかっていることを知る。彼らを助ければ、友好国ドイツの政策に逆らうことになり、職を辞すことになるかもしれなかったが、樋口少将は難民受け入れを決意し、すべてのユダヤ人を救出した。
数週間後、ドイツ政府から抗議文が送られ、東条英樹参謀長から呼び出された樋口少将は、「ドイツは日本の同盟国ですが、そのドイツのやり方がユダヤ人を死に追いやるものなら、それは人道上の敵です。そんなものに協力するなどゆゆしき問題です。日本はドイツの属国にあらず。言いなりになってはいけません」と答えた。そして東条参謀長は、「君の主張は筋が通っている。中央に対し、この問題は不問に付すよう伝えておこう」と言い、ドイツからの抗議を一蹴した。
その後も続々と押し寄せるユダヤ人のために、満州鉄道は無料で輸送を続けた。この既成事実があったからこそ、杉原ビザは生きたのである。
また、戦時中、ビザが無いユダヤ難民でも上陸できたのは、世界で唯一、日本海軍が占領していた中国の上海だけだった。ここに押し寄せた18,000人のユダヤ難民を犬塚惟重大佐が保護した。犬塚大佐が転勤した後、ドイツは「ユダヤ人を引き渡せ」と迫ったが、上海の日本領事や軍人たちは断固拒否し、終戦までユダヤ人たちを守り通したという。
日本のマスコミや教科書は、杉原氏のことはよく紹介するが、樋口氏や犬塚氏のことはまったくと言っていいほど取り上げない。これは彼らが軍人で、戦後の日本には軍人を誉めることをタブーとする空気があるからである、と著者の服部氏は述べている。

涙が出そうな話ばかりで、先人たちの武士道精神に感嘆させられるばかりだった。こんな素晴らしい先人がいたからこそ、日本は世界で評価されているのだと思った。授業を受けた中学生らの感想の声もよかった。
ところで、この書を発売日に購入しようとしたら、すべてのサイトで品切れだった。本屋に行っても、もちろんなかった。その後、運よく中古のコーナーで見つけられたが、発売日にすべてのサイトで品切れというのは、初めてである。



武士道に感動

先人たちの武士道が詰まった1冊。涙なしには読めません。ぜひ日本人なら知っていたいエピソードばかりでした。


人の『道徳』

「ゆとり教育」の名の下に教育の現場から排除された教科 ”道徳”。
その”道徳”が学校教育現場に復活するようである。
 人として「当たり前のこと」、その”当たり前”を無視して来た結果が今の社会。
大人が人生の指針を示さずして「教育」はありえない。
人の『徳』を大人自らが示さずして、国も民族も成立できないと考える。
私自信、その大人たちと「教育」というものに懐疑の念を抱き、今まで生きて来た感がある。
自虐感を植え付けられ、踏みにじられた日本人の「誇り」を、せめて「こどもたち」に優先して取り戻したい。
ぜひ、教育に携わる人たちに、また、全ての”大人”たちに一読していただきたい”一冊”です。


続・服部先生の道徳授業を学んだ生徒たち


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前回に引き続き、生徒さんたちが服部先生の道徳授業でどのように学んでいるかの一端を紹介します。

今回は「やまと心とポーランド魂」(恩を忘れない)という授業です。
授業はこんなふうに始まります。

平成23年の夏休み、岩手県と宮城県の中・高校生30名がポーランドに招かれ、約1ヶ月滞在しました(絆の架け橋プログラム)。実は、平成7(1995)年の夏休みにも、30名の日本の小・中学生がポーランドに招待されていました。前者は東日本大震災、後者は阪神・淡路(あわじ)大震災で大きな痛手を受けた子供たちでした。どうしてポーランドの人々は、こんなに日本の子供たちをいたわってくれるのでしょうか?

生徒たちは様々な予想をします。その上で、資料を読みながら真実を探究していきます。
資料によって、日本とポーランドの交流が少しずつ明らかになり、謎が解けていきます。
生徒たちは93年も昔にさかのぼる報恩のお話だとわかり、その魂の交流に心を揺さぶられます。

最後に生徒たちが読む資料の一部を紹介ししょう。

*********************************
ポーランド極東(きょくとう)委員会副会長だったヤクブケヴィッチ氏の『ポーランド国民の感激、われらは日本の恩(おん)を忘れない』と題した手紙がある。そこには次のような感謝の言葉が綴(つづ)られている。

「日本は我がポーランドとは全く異なる地球の反対側に存在する国である。
 しかし、我が不運なるポーランドの児童にかくも深く同情を寄せ、心より憐憫(れんびん)の情を表わしてくれた以上、我々(われわれ)ポーランド人は肝(きも)に銘(めい)じてその恩を忘れることはない。
 我々の児童たちをしばしば見舞いに来てくれた裕福(ゆうふく)な日本人の子供が、孤児(こじ)たちの服装の惨(みじ)めなのを見て、自分の着ていた最もきれいな衣服を脱いで与えようとしたり、髪に結ったリボン、櫛(くし)、飾り帯、さては指輪までも取って、ポーランドの子供たちに与えようとした。こんなことは一度や二度ではない。しばしばあった。
 ポーランド国民もまた高尚(こうしよう)な国民であるがゆえに、我々はいつまでも恩(おん)を忘れない国民であることを日本人に知っていただきたい。
 ここに、ポーランド国民は日本に対し、最も深い尊敬、最も深い感銘(かんめい)、最も温かき友情、愛情を持っていることをお伝えしたい」
**************************************

授業の終わりに生徒たちは「高尚な国民」というキーワードを手掛かりにそれぞれの思いをつづります。

日本人の心は、やっぱりきれいだなと思った。「物やお金のつながり」より「心のつながり」を大切にする心を持ちたいです。

○孤児を助けた日本人もすごいと思いましたが、阪神淡路と東北の大震災の時、恩を返そうとしたポーランド人もまたすごいと思いました。今度、ポーランドで何かあった時は、この恩を忘れずに自分たちにできることはないか、考えて行動したいです

日本人の優しさ、そして、その恩を当然のように返したポーランドもいい国だと思った。高尚な国民とは、日本やポーランドの国民なんじゃないかな。もし私が他国から助けを求められたら、当然のように助けたいと思う。

○75年たったにも関わらず恩返しをしたポーランドの人々も素晴らしいと思いました。それだけ日本からの助けがポーランドの人々に大きな力をもたらしたんだなぁと実感しました。また、ポーランドが何かあった時、日本が恩返しするような、互いに感謝しあうような関係が築けたら素敵だなと思いました。

○私も「高尚な国民」になれるように、困っている人がいたら助け、自分が助けられたらきちんと恩返しをするということを忘れずに生活していきたいと思う。

○自分が「高尚な国民」になるにはどうすればよいか? どんな状態にあっても揺るがない友情や尊敬を持つ。人から受けた恩を忘れずに返す。そうすれば、「高尚な国民」に近づけると思いました。

○国どうしの助け合いは素晴らしいことだと思った。いつまでも優しい心を持った国民のことを「高尚な国民」というのかと思った。

ちなみに、「高尚」とは「品性が高く立派なこと」です。反対語は「低俗」でしょうか。

いかがでしたか。読んでみたくなりませんか。
次号は「エルトゥールル号事件」(先人の遺産を思い感謝の心を持つ)をお届けします。

服部先生の道徳授業を学んだ生徒たち


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今回は本書に紹介されている生徒さんたちの感想文から一部を紹介してみます。
公立中学校の普通の中学生たちで学力も多種多様ですが、どの子もみな背筋のすっきり伸びた、瞳のきらきら輝いたすばらしい生徒たちに見えます。服部先生の道徳教育で成長し日々変わっていった子供たちです。例外はいないのです。
どんな授業をしたら中学生の心がこのように清々しく育つのか?
皆さまも奇跡の授業を本書で体験してください!


道徳授業「柴五郎中佐・・・勇気ある行動」を学んだ生徒の感想

○私はこのプリントを読んで、今まで自分が大きな勘違いをしていたということに気付きました。
「大きな勘違い」とは、昔の日本人に対するイメージです。
私は、昔の日本人はたくさん悪いことをしてきた、というような話を何回も聞かされました。
そのおかげで、昔の日本人(戦時中の)に対する私のイメージは悪いものでした。
しかし、日本兵たちはそんなにも否定されるようなことをしていない事実を知りました。
 日本という国は、今とても情けない国になりつつありますが、昔は他国からも高く評価されるような立派な国であったということに誇りを持つと同時に、まだ本当の歴史を知らない人に「昔の本当の日本の姿」を知ってもらいたいと思いました。
 そして、それを私たちは見習わなければならないと思いました。

○欧米が世界を支配していた中で、柴五郎中佐の見事さで、日本の国が世界に高く評価されたことに感動した。
柴中佐の指揮に加え、義和団の籠城戦で日本軍人が見せた規律の正しさや勇敢さ、粘り強さが認められたことに誇りを感じる。
家にあって最近読んだ本に藤原正彦の『国家の品格』がある。
その中に、慈愛・誠実・忍耐・正義・勇気・惻隠という武士道精神が書いてあったが、柴中佐を知った時、これを思い出した。
惻隠とは、他人の不幸への敏感さの意味だ。
僕たちに必要なものだと思った。

○敗者の気持ちに配慮することが、自分にはなかったと思う。
自分が嫌だったことやつらかったことは、他人には絶対にしないこと。
そして、つらそうにしている人を見たら早く助けてあげようとすること。
なかなかできないことです。

○優しさとか、心の広さ、勇敢さが自分にはない。
柴五郎は本当に勇敢だと思う。
みんながつらい時に勇気づけられる本当にすごい人だと思う。
こんな人になれたらいいなぁ。

○勇気、人徳。柴五郎の持つものは、自分にはほとんど無いと思った。
すばらしい人だ。
男らしくかっこよく生きている人だった。
自分も柴五郎中佐みたいな人生を生きてみたい。

○私にないものは勇気とか他人を受け入れる気持ち。
誰にでも心をつくせば、みんなが自分についてきてくれるんだと思いました



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服部先生の道徳授業を3年間学んだ生徒の感想

○道徳の授業では、特にこのような人間になりなさいなどとは言わずに、人の生き方や行動を読み取って自分で考えさせられたので、とても良かったです。感動することもたくさんあって、自分を見つめ直すこともできました。

○自分自身では考えられない人生を送ってきた人々の物語を知って、これからの自分はどう生きていこうか、という気持ちになりました。また、日々の中で得ることが大きかった一つが、この道徳の授業でした。三年間、さまざまな資料を使って、自分の考える幅を増やしていただき本当にありがとうございました。

○道徳はなぜやらなきゃならないのか、ずっと不思議に思っていました。しかし、三年間取り組んで、私はこういう考え方もあるのか、こんなすごいことがあったのかといくつもの新しい発見ができ.その結果、やる前よりいろんな考え方ができるようになり、しかもそれが広がっていったように思います。やはり人間、道徳も大切で必要なんだと学べました。

○授業で出てきたどの人もすごい人で尊敬しました。
僕もそういう人の生き方をまねて生きていきたいです。
どのこともとても大事なことで、実際にやっていきたいなと思うことも多くあり、感動することもありました。
高校に行っても、この道徳で学んだことを大切にしたいです。

○いつもの感想では、ありきたりなことしか書けなかったけれど、少しずつでも良いことに触れたり、昔の人の偉大さを感じ取ることが、自分の道徳心や公徳心をつけていくのに大切なことだと思っていた。

○日本人には、国境に関係なく、誰かのために頑張れる人がたくさんいたことがわかりました。同じ日本人としてすごく誇りに思えたし、日本人で良かったと思えることが何回もあった。私もそのような日本人になりたいと思っている。

○私が印象に残っている道徳の授業は、その内容のほとんどすべてが思い出せるほどのものです。それくらい印象が強かったです。この三年間の道徳で学んだことを、これからの人生に役立てたいです。私は人の役に立てるような人になります。

○三年間で日本人としての誇りとか命の大切さとか、すごく難しかったけど、とってもためになったと思います。道徳で学んだことを活かして、自分のことだけの人間にならないように周りの人を考えたいと思いました

○私が、道徳で興味を持った話はだいたい昔の日本人の話だった。その人たちは、今の日本人より強い意志を持っている人が多くて、世界に誇れる人たちだった。そんな人たちの学習をするたびに、自分もこんな日本人になれるかな、と思うようになった。

○道徳の授業で知ったことをちょっとやってみたこともあったし、気を付けるようにもなったと思います。道徳で見た資料は、どれも本当に自分の役に立つことや感動することばかりで良かった!

○人としてどうあるべきか、どのような行動をとるべきか、いろいろなことを学びました。自分は義の心をこれからも大きく成長させていきたいです。

○集中して取り組めた。ものの考え方が変わったこともあった。これからの人生に活かしていけると思う内容ばかりだった。知らなかったことも多く、昔の人の偉大さや辛さなど、今知ることができて良かった。

○戦争中に日本人が見せた武士道の精神の話や江戸時代の話が印象に残っています。昔の日本人にあって、現代に失われてしまったものが何なのかがはっきりわかった。道徳の授業は人の良いところを学び、自分に吸収できるいい機会だった。

○三年間の道徳の授業では、ちょっとめんどくさい時もありましたが、どれも感動する話で心に残っています。自分の考えもかなり変わったと思います。実は、三年間、服部先生が作ってくれるプリントを親も楽しみにしていました。

道徳の時間のおかげで心が広く豊かになった気がした。また、戦争から学べることはたくさんあるということにも気付くことができました。世界の平和について考えるようになりました。

○世の中ではこんなことがあるんだと初めて知ることばかりで、とても楽しく学習できました。毎回、心にしみる話で、自分の人間としての考え方の幅がとっても広がりました。今までよりも人のことを考えて行動できるようになったと思います。

○自分の生き方について考えてみることのできる内容のものが多かったと思いました。道徳の話に出てくるような人になりたいなと感じました。この世界に生きている一人の人間として、私も何かに挑戦していきたいと思います。

授業の中で道徳が一番好きでした。昔の出来事や歴史などを楽しく学べるのですごくおもしろかったです。偉い人たちの生き方を通して、人間の性質などを知ると、「自分にもできるかなぁ」と前向きに考えることができたりもしました。うれしく、幸せになる気分でした。

道徳の授業を通して感じたのは、人の幸せを考え、親切にすることで、自分も幸せになれるということでした。自分の夢をつかんだり、目標を成し遂げるためには、人を大切に思いながら行動することとつながっているのではないかと思います。私もこのような生き方ができるように努力していこうと思います。

○道徳の授業は、ためになることがたくさんありました。それぞれに共通しているのが登場人物が「自分の考え」をしっかりと持っているということです。私も、これからは人に流されず、自分の考えを持って物事に取り組みたいです。道徳の授業を受けて、自分は成長できたなぁと思いました。
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