授業づくりJAPANの「日本人を育てる授業」

わたしたちは誇りある日本人を育てたい。真の国際派日本人を育てたい。

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日米開戦

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■安達弘先生の「小学校歴史人物学習 <なってみる日本史>」の紹介を続けます。
これは安達先生のブログ「授業づくりJAPAN YOKOHAMAプライマリー」から転載しています。

安達先生の授業は文科省推薦のアクティブ・ラーニングの歴史授業版です。
また、B4用紙裏表印刷のプリント(ワークシート)1枚だけで学習できる画期的なスタイルによって、
ユニバーサルデザインを実現した歴史授業としても定評があります。
先生方のどなたでも成果が出せる授業であり、子供達の誰もが意欲的に学習に取り組める授業です。
 
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日米開戦

 今回が「戦争の原因」を探る授業の3回目・最終回となる。
 いつものように「日本の宿命」と「課題」を掲示しておく。
 前回と前々回の「戦争の原因」の2つのキーワードである「満州国」と「日中戦争」の2つを確認する。これによって日本とアメリカ・イギリスは対立するようになった、というポイントである。



<ワークシート・第1ページ>

下の写真は昭和初期の東京・銀座と大阪・阪急デパート前の写真です。
 私たちが今の世の中で目にする風景と同じところを見つけてみましょう。


日米開戦1
昭和初期の銀座

日米開戦2
昭和初期の大阪

 児童からは以下のようなものが出される。

「電線がある」
「同じだけど電信柱がある」
「車が走っている」
「バスがある」
「大きなビルが建っている」
「工事現場がある」
「クレーン車みたいなものがある」

おおよそ電気関係、乗り物関係、建設関係が出てくる。

そこで、次のように簡単に尋ねる。
『車を作るにはどんな原料が必要ですか?』
「鉄」「タイヤはゴムでできている」
『では、車を動かすにはどんなエネルギーが必要ですか?』
「ガソリン」「石油」

同じように
『電気を作るにはどんなエネルギーが必要ですか?』
『建築現場を見てください。ビルの骨組みは何でできていますか?』
等を聞く。

 ここで鉄・ゴム、そして何よりも石油が重要なものであることがわかる(この実践の導入は東京の佐藤民男氏の追試である)。




<ワークシート・第2ページ>

★昭和初期にも必要だった石油エネルギー

 現代の私たちの生活にとって石油はなくてはならないエネルギーです。
 自動車や船を走らせ、飛行機を飛ばし、火力発電によって電気を作り、工場の機械を動かしているのは石油です。石油がなくなれば交通も産業も家庭生活もストップしてしまいます。この状況は100年前の昭和初期もまったく同じでした。
 さて、現代の日本は、石油の80%以上をサウジアラビア・アラブ首長国連邦・カタールなどの中東の国から輸入しています。しかし、昭和初期にはまだ中東で石油は発見されていませんでしたので、その80%をアメリカから輸入していました。


★ブロック経済に苦しめられる日本

 1930年ごろから世界は自分の国の産業を守るために高い関税をかけて他国の商品を閉め出す「ブロック経済」を取るようになっていました。これは原料となる資源が自分の国の中で取れて、国の中で売れる国はいいのですが、資源のない日本にとっては貿易で外国に商品が売れなくなるのでたいへん苦しいものでした。日本はたった1年間で貿易量が半分近くに減ってしまったと言われています。


★日本への経済圧迫
┌─────┬──┬─────────────────────────────┐
│ 1939年 │7月 │*アメリカは日本との通商航海条約をやめることを通告         
├─────┼──┼─────────────────────────────┤
│ 1940年 │5月 │*イギリスは日本向けゴムの輸出を全面禁止               
│        │6月 │*アメリカはインドシナ半島産ゴムを大量に注文して日本のゴ     
│        │   │  ムの注文を妨害                                
│        │    │*オランダはインドネシア産の石油を日本に売ることを断って     
│        │    │  きた                                       
│        │    │*アメリカは日本へのくず鉄(鉄の原料)と石油の輸出を制限    
│        │7月 │*アメリカは飛行機用ガソリンの日本方面の輸出を禁止        
│        │   │*アメリカはくず鉄の日本への輸出を全面禁止             
│        │9月 │*アメリカは鉄鉱石・鉄鋼・銅・スズ・ニッケルなどの日本へ     
│        │    │  の輸出を禁止                               
│        │12月│ *イギリスはタイ産の米を大量に注文して日本の米の注文を妨   
│        │    │  害                                       
└─────┴──┴─────────────────────────────┘
┌─────┬──┬─────────────────────────────┐
│ 1941年  │7月│◇日本はインドシナ半島の南で取れる石油をフランスから買う     
│        │    │ 約束をした。そこで、他の国がこれを妨害しないように軍隊     
│        │    │ を派遣した(南部仏印進駐)。                        
└─────┴──┴─────────────────────────────┘
┌─────┬──┬─────────────────────────────┐
│ 1941年  │7月│*南部仏印進駐に反対するアメリカはアメリカ国内にある日本     
│        │    │ の資産を凍結した(アメリカにある日本の政府や会社のお金        
│        │    │ を使うことを禁止すること。いろいろな国との仕事や貿易な      
│        │    │ どができなくなります)                            
│        │    │*同時にイギリス・オランダも資産を凍結した(アメリカ・イ        
│        │    │ ギリス・オランダは東南アジアには自分たちの植民地がある     
│        │    │ ので、日本の軍隊がここへ出てくると自分たちの植民地が危       
│        │    │ なくなる・・・と考えた)                             
│        │    │*アメリカは日本への石油輸出を全面禁止した              
└─────┴──┴─────────────────────────────┘




<ワークシート・第3ページ>

★当時の総理大臣になって考えてみよう

 アメリカ・イギリス・オランダの資産凍結により、日本は世界のほとんどの国と貿易ができなくなってしまいました。残っているのは満州・中国・インドシナ半島のフランス植民地・タイだけです。
 石油のたくわえは1~2年ぐらいしかもちません。当時の日本の人口は約7000万人ですが、もしこのままの状態が続けば日本人の1000万人が仕事を失います。失業者の家族をふくめれば日本人の約半分が生きていくことができなくなってしまうのです。  また、石油がなければ戦車や軍艦、戦闘機も動かなくなって軍隊は使えなくなります。こんな時に外国に攻め込まれたら・・・。
 ここまで、日本はアメリカとくりかえし話し合いを続けてきましたが、状況を変えることはできませんでした。

当時の政府の中には次の3つの考え方がありました。あなたが当時の総理大臣ならどの意見に賛成しますか?

◇第1案:アメリカとの話し合いを続ける

 とにかく話し合いを続けるべきだ。もし、話し合いが決裂してもアメリカ・イギリスとの戦争は絶対に避けなければならない。日本の国力を考えると戦争をして勝てる相手ではない。とにかく日本の国力が落ちても、戦争をするよりはましだ。くやしいがいまの状態をただひたすらがまんしよう。国民の中にも死者が出るかもしれないが耐えてもらうように頼むしかない。


◇第2案:すぐにアメリカと戦争する準備をする

 話し合いを続けてもアメリカが自分の考えを変える保障はない。そんなことをしているうちに石油はなくなってしまう。こんなときにソ連が満州に攻め込んできたら戦うことはできない。そして、アメリカも万が一に備えて戦争の準備を進めている。時間がたてばたつほど日本はどんどん不利になり危険が増えていく。今、決断すれば強いアメリカに勝てるかもしれない。このまま死を待つのはごめんだ。


◇第3案:話し合いを続けながら、万が一に備えて戦争の準備をする
 
 戦争をすぐに決めた方が勝てる可能性があることは認めるが、まだ望みを捨てずに話し合いを続けるべきだ。たしかに少々の不便はあるが話し合いを続けながら、万が一に備えて戦争の準備も並行して進めることにしよう。もしかしたら、日本が戦争の準備をしていることを知ったらアメリカも話し合いでの意見が変わってくるかもしれない。ただし、期限を決めてその時点で話し合いが決裂したら戦争を覚悟するしかない。


◆一つ選んであなたの考えを書きましょう。後で話し合ってみましょう。

 
 児童の意見分布を見てみよう。矢印の前が討論前、後が討論後の数である。

 1組・・・第1案 1人→0人    第2案 4人→6人    第3案 21人→19人
 2組・・・第1案 5人→4人    第2案 2人→2人    第3案 22人→23人


<第1案に賛成>

「死者が出てしまうのもいやだけど、すぐに戦争をしても勝ち目はない。戦争の準備をしているのをアメリカが知ったら逆に攻め込まれてしまうかもしれない」  

「アメリカ・イギリスは強いから、やっても勝てないと思うし、勝っても日露戦争の時のように日本の限界が来てしまう。資源がない日本は話し合いを続けるしかない」


<第2案に賛成>

「時が経つに連れて石油はどんどんなくなり、日本も弱くなっていざ戦争ろいうときに勢力が弱くて負けてしまうかもしれないから、まだ石油があるうちに戦っておいた方がよい。話し合いをしている間にたくさんの人が死ぬのはいやだから」

「話し合いを続けていてその間に日本人が苦しむと内乱などが起こるかもしれない。石油がある1~2年の間で戦争をして、それ以上続いたら負けを認める。それしか方法はない。もし、アメリカを倒したら他の国も認めてくれるかもしれない」


<第3案に賛成>

「第1案と第2案は危険すぎる。第2案ではアメリカには勝てないので、準備中のそのちょっとの油断をつかれて植民地にされてしまう。第1案は無理矢理話し合いを続けていると、そのうちに犠牲者が増えてしまう。準備さえしておけば倒せる可能性も広がる」

「もしかしたら、話し合いが成功するかもしれないのに、今石油を使えば国民はもっと苦しくなってしまう。1案はやられっぱなしなので悔しい」

「東郷平八郎じゃないんだからアメリカが戦争してくるか、貿易してくれるか、そんなのわかるわけがないんだから、話し合いを続けながら万が一に備えて戦争の準備をするしかない」

「1案で死者を出してしまったら、話し合いに失敗して戦争になったときと同じになる。2案だと無闇に突っ込んでいってしまったらあかえって多くの死者を出してしまい、大戦争になる可能性がある。望みを捨てない3案がいい」

「すぐにあきらめるのではなく、まずはもう一度話し合ってみる。しかし、話し合いがうまくいかず、もしかしたら攻撃をしてくるかもしれない。そのときのために戦争の準備をしておく。両立させておけば、とりあえず間違いはない。安心できる」



<ワークシート・第4ページ>

★アメリカとの戦争を決めた日本

 政府は会議でこれからの方針を第3案に決めました。

 この苦しい状況をなんとかするためにアメリカとくりかえし話し合いを行いました。しかし、残念ながら進展はありませんでした。
 1941年11月、アメリカは「ハルノート」という次のような提案を日本につきつけました。
┌──────────────────────────────────────┐
│ ①日本は中国とインドシナから軍隊と警察を引き上げるべし。                   │
│ ②日本は中国のいくつかある政府のうちアメリカが支援している政府のみ認めよ。      │
└──────────────────────────────────────┘

 日本がこの2つを認めれば石油の輸出を再開するというのです。
 しかし、この2つを認めると言うことは次のことを意味します。
┌──────────────────────────────────────┐
│ *日本は中国にある権利と満州の権利をすべて捨てなければならない。            │
│ *これからは石油を売ってほしければアメリカの言うとおりしなければならない。       │
└──────────────────────────────────────┘

 これは、ようやく世界の大国と肩を並べられるようになった日本に対して「すべてを捨てて日本列島に引っ込み、70年前の明治維新のころの日本に戻れ」と言っているのと同じです。独立国・日本として、これまで先輩たちが苦労して築き上げてきたものをすべてあきらめることなどとてもできません。
 中国と満州にいる日本人の生活はどうなるのでしょう? 
 しかも、本当に欲しい分だけアメリカは石油を売ってくれるのでしょか?
 この提案を承認したら、苦しんでいる国民をさらに苦しませることになってしまいます。

 「ハルノート」を読んだ当時の東郷外務大臣は
「目の前が真っ暗になるほど失望した。長年の日本の苦労や犠牲をすべて無視して、東アジアの大国になった日本に対して持っているものをすべて捨てろ、と言うのだ。これは日本に自殺しろと言っているのと同じだ」
と言っています。

 日本政府はこの提案を「最後通告」と受け止め、アメリカとの戦争を覚悟するしかありませんでした。

 
児童の感想を見てみる。

*自分で総理大臣の立場になってみたら、かなりのプレッシャーを感じた。このことを決めるのはとてもよく考えなければならないと思った。

*今日の学習で、日本は他の国から貿易できないようにされて、これ以上発展するな、と言われているように感じました。はじめは日本が進歩したから戦争をしたのかと思ったけど、日本は仕方なく戦争になったんだなと思いました。

*アメリカはひどすぎると思います。戦争を覚悟するのも無理はないと思います。アメリカなどの大国と戦争すれば負けるのは目に見えているのに・・・。どちらを選んでも日本が負けるなんて不公平すぎます。最低!

*第3案に意見を決めて苦しい状況を進展させようとしたときに、アメリカから日本にとって厳しい通告をされて戦争になってしまったのは、当時の日本にとってしかたがないことなのかなと思いました。石油1~2年分で戦争ができるのか、心配になりました。

*アメリカはいつもずるい!ずるすぎますよ。自分たちが強いからって何を考えているんでしょうか!負ける日本!がんばれ日本!です。いつか日本がアメリカと全く同じに肩を並べられるようになることを願っています。

*日本はアメリカと戦争をするしかなくなったけど、日本はアメリカの考えにはまってしまってついに戦争をするしかなくなってしまった。

*アメリカは、今と違ってけっこう意地悪ですね。それでも、昔から積み重ねてきた日本の苦労をけっして無駄にしないぞ!という日本の意思がすごいと思いました。

*日本だけなぜこんないじめを受けるのでしょうか?大国と肩を並べるということはたいへんなことでもあるんですね。

*アメリカとイギリスはとてもひどいと思いました。(いじめ!)せっかく、今の日本を築き上げてきたのに、それが、すべて水の泡になるのは最悪だと思いました。それほど、世界は厳しいんだなとわかりました。

*アメリカのルーズベルトさんも、アメリカの人たちも「武士道」を読んで「日本はすごい」とか言っていたくせに、日本に対してこの態度はなんだ!ペリーの時代から日本と仲良くしていたくせに!浮気か!たるんどる!

*負けてしまうのはわかっていたけれど、戦争になって仕方がないと思う。もし、アメリカの言うことを聞いていたら日本はアメリカの植民地になり、もっとたいへんなことが起こったに違いないと思います。

*日本はこのときになんでこんないじめられてたんだろう?でも、ここまで日本はがんばってきてくれたから本当に感謝しなければいけない。日本って今でもギリギリの国?

*今日の学習では、日本の苦しみと覚悟を知ることができて、とてもうれしいのと悲しいのが混ざってあまりよくわからなかったです。でも、今日の学習は将来絶対に役立つと思います。
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