授業づくりJAPANの「日本人を育てる授業」

わたしたちは誇りある日本人を育てたい。真の国際派日本人を育てたい。

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日中戦争

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■安達弘先生の「小学校歴史人物学習 <なってみる日本史>」の紹介を続けます。
これは安達先生のブログ「授業づくりJAPAN YOKOHAMAプライマリー」から転載しています。

安達先生の授業は文科省推薦のアクティブ・ラーニングの歴史授業版です。
また、B4用紙裏表印刷のプリント(ワークシート)1枚だけで学習できる画期的なスタイルによって、
ユニバーサルデザインを実現した歴史授業としても定評があります。
誰でも成果が出せる授業であり、誰もが意欲的に学習に取り組める授業です。
 

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日中戦争

 授業が始まる前に「日本の宿命」及び「課題」を黒板に掲示しておく。
 授業は前回の確認から入る。

『今日は戦争の原因の学習の2回目です。前回のキーワードは満州国でした。日本は満州国を作りました。国際連盟は調査団を送り、日本人が中国大陸で危険な目に遭い、安全が脅かされていたことは認めてくれました。しかし、満州は他の国も共同で管理した方がいい、と報告しました。しかし、すでに満州国を作っていた日本はこれに反対しました・・・ここまで学習しましたね。では、今日は戦争の原因の学習、2回目です』
 
 今日のワークシートを配布する。
 ワークに日付とタイトルを書く。タイトルは<日中戦争>である。
 ここで以下のことを確認し、導入とする。

『おさらいを兼ねて確認します。日清戦争と言ったら日本と清の戦争でしたね。日露戦争と言ったら日本とロシアの戦争でしたね。では・・・日中戦争と言ったら?』

「日本と中国です」
『そうです。日中戦争と言ったら・・・日本と中国の戦争・・・のはずですよね?・・・ではワークシートを見てみましょう』 
 ここでさらに付け加える。

『日中戦争と言ったら日本と中国が戦争をしているはずなんですが、ここの3枚の写真を見ると「あれ?へんだなあ」「日本と中国の戦争のはずなのにおかしいな?」と思うところがあります。それを見つけて下さい』


<ワークシート・第1ページ>
★下の写真は日中戦争のときのものです。 3枚の写真を見て気づいたことを書き出してみましょう。
シナ1
日本軍歓迎1

シナ2
日本軍と中国の子ども1

シナ3
日本軍と中国の子ども2

 2分ほどの短い時間だが、子どもたちはいくつかのことに気づく。

「中国の人が日本の旗を持っている」

「日本の兵隊と中国の子どもが遊んでいる」

「戦争をしている雰囲気じゃない」

「日本軍を中国の人が歓迎している感じがする」

『そうですね。日本と中国が戦争をしているはずなのに・・・中国人が日の丸を振って町に入ってきた日本軍を歓迎しています。それに日本の兵隊さんと中国の子どもたちが手をつないで遊んでいたり、おもちゃで遊んでいます・・・・違う写真も見てみましょう』

シナ4
日本軍歓迎2

中国人の女の子が日の丸を自分の家の前に飾っています。ニコニコしています。

シナ5
日本軍と中国の先生
ここにいるのは中国の女の先生です。日本の兵隊さんに校長先生になってもらっています。


シナ6
日本軍の治療1
この衛生兵は戦った相手である中国兵の治療をしています。

シナ7
日本軍の治療2

この人たちは日本軍の衛生兵です。中国の子どもたちの治療をしています。

シナ8
日本軍の礼儀

「中国無名戦士の墓」と書かれています。戦って亡くなった敵である中国兵のお墓を作り、深々とお辞儀をして弔ってあげています。


『それにしても、日本と中国は戦争をしているはずなのに・・・へんですよね。その理由を調べてみましょう』

ワークシートの2ページ目の①を読み、その後に以下の説明を加える。

『つまり、内乱状態ですから、そこにはいろいろな政府や軍閥、盗賊もいます。その中には、ひどい奴もいるんです。そんな人に町を支配されたら自分たちの安全が守られません。そこに日本軍が来て、そんな奴を追い払い、しっかりした政治をしてくれれば自分たちの生活の安全が保障されます。だから、しっかりした政治をしてくれて親切で優しい日本軍を歓迎してくれているんです』



<ワークシート・第2ページ>
★日中戦争のころの中国大陸

①混乱する中国大陸

 中国には清がほろんだ後に、中華民国という国ができましたが、すぐに分裂してしまいました。そして、各地に武装した「軍閥」と呼ばれるグループがそれぞれ「政府」を作って「自分たちが中国の代表だ」と言っていました。これらの「軍閥」「政府」が互いに絶え間なく戦い合う混乱の時代だったのです。また、満州族は日本の力を借りて満州国を作り、モンゴル族やチベット族も独立を宣言していました。

 この混乱した中国には、西洋の国も日本もすでに自分の国の人間が住み、生活をしていました。ですから、国民とその生活を守るために軍隊を派遣し、「政府」の中の有力なグループと話し合ったり、仲良くしようとしていました。アメリカ・イギリスは南京政府と、ソ連は延安政府と仲良くしようとしていました。
 日本もここまでは南京政府と話し合ってきました。


②日中戦争の経過を見てみよう
┌───┬──────────────────────────────────┐
│1933年│*停戦(戦争をやめる)協定が結ばれて日本と南京政府の戦争が終わる。
├───┼──────────────────────────────────┤
│1934年│*南京政府は満州国と鉄道・郵便・電信をつなげる。
│     │*南京政府と延安政府の戦争が激しくなる。延安政府は敗走。
├───┼──────────────────────────────────┤
│1935年│*南京政府と約束して日本が中国北部に入ることになる。
│     │*北部の各地で日本と仲良くしようとするリーダーが小さな政府をあちこちに
│     │ 作り始める。南京政府はそれを見て警戒。
├───┼──────────────────────────────────┤
│1936年│*日本のことをよく思わない人たちの反日デモが増え始める。
│     │*四川省で日本人記者2人が殺される。 │
│     │*広東省で日本人商店が襲撃され店主殺害・日本人の警官射殺される。
├───┼──────────────────────────────────┤
│1937年│*延安政府がわざと日本軍に鉄砲を撃ち込み、南京政府と日本が戦争に
│     │ なる(7月7日)。
│     │*停戦協定が結ばれたが、南京政府は攻撃を続けた(7月9日)。
│     │*再び停戦協定を結んだが、また南京政府が攻撃したので日本も応戦した
│     │ (7月11日)。
│     │*通州で日本人117名と朝鮮人106名が殺される。
│     │*南京政府は休戦協定を破り、日本への攻撃をくり返した(8月11日)。
│     │*南京政府が日本艦隊へ空襲(8月14日)。
│     │*日本は南京と上海へ爆撃を開始(8月15日)。
│     │*日本はドイツを通して和平交渉を申し込んだが、南京政府に拒否された
│     │ (11月2日)。
│     │*日本はアメリカに「間に入って和平交渉を進めてほしい」と頼んだが、断られ
│     │ る(11月15日)。
│     │*日本は南京政府を追い、首都・南京まで攻め込み占領する(12月13日)。 
│     │   南京政府は重慶へ逃げて重慶政府となる。
└───┴──────────────────────────────────┘
※最初は南京政府とうまくいっていたのに、いつから関係がおかしくなったのだろ う?



<ワークシート・第3ページ>
★不拡大方針のはずが・・・どうやって戦争をやめればよいか?

 日中戦争が始まると日本はすぐに「不拡大方針」を発表しました。
 つまり、これ以上戦闘を続けたり、騒ぎが大きくならないようにするという方針です。
 しかし、こうした方針を決めたのになかなか戦闘を止めることができませんでした。
 では、どうすればよいか?当時の日本政府になって考えてみましょう。

この時に、中国大陸には3つの有力な「政府」がありました。
┌──────────────────────────────────────┐
│  ①もと南京政府が重慶に逃げて作った重慶政府。アメリカ・イギリスが応援して
│   います。日本もこれまではここと仲良くしようと考えていました。。

│  ②もと南京政府から分かれてできた新しい南京政府。日本と仲良くしたいと考え
│  ています。

│  ③延安政府。ソ連が応援しています。
└──────────────────────────────────────┘
当時、下の2つの考え方があったとします。あなたが、当時の日本政府ならどちらの考え方を選びますか?

A:新しい南京政府と話し合おう

 本当は重慶政府と仲良くしたいのですが、いくら話し合いを望んでも、重慶政府は応じてくれません。これ以上、こちらから歩み寄ってもムダです。それにアメリカ・イギリスは東南アジア側から山にルートを作って武器を重慶政府に売っています。これは日本に対して戦争を仕掛けているのと同じです。こんな状況で仲良くなれるのでしょうか? 
 新しい南京政府は日本と仲良くした方がこれからの中国のためになると言う考え方です。だったら日本は希望を持てる新しい南京政府と話し合うべきでしょう。


B:重慶政府と話し合おう
 新しい南京政府はまだ小さくて力があまりありません。ここと仲良くなったからといって戦闘が止まるのでしょうか? 結局は力のある重慶政府と話し合うしかありません。それに重慶政府との関係をあきらめたら、アメリカ・イギリスを完全に敵にすることになります。
 日本に不利な条件を要求してくるかもしれませんが、ここはがまんにがまんを重ねて重慶政府の要求をできるだけ受け入れましょう。今後のことを考えると、アメリカやイギリスとの関係が悪くなるのは避けたいです。

◆どちらかを選んであなたの考えを書きましょう。後で話し合ってみましょう。

児童の意見分布は以下のようになった。矢印の前の数字が討論前、後の数字が討論後の人数である。

1組・・・A 15人→19人  B 12人→ 8人
2組・・・A 15人→17人  B 15人→13人 

主な意見を見てみる。

<A派>

「新しい南京政府は日本と仲良くしたいと思っているので、南京政府の方が仲良くしやすくて希望が持てる」

「Bの意見ももっともだけど、戦争から逃げると世界から、日本は弱くなったな・・・と思われてしまう。新南京政府と組めば中国にもメリットはあるんだからその方がいい。重慶政府は話を聞いてくれないし攻撃してくるんだからデメリットばかりだ」

「日本は強いのでその武器を新南京政府に送ればそれなりの力になると思う」

「新南京政府が力がないというのなら、その政府と話し合って日本の信頼をもらって日本と組んで大きな政府にすればいい」

「何回も停戦協定を結んだのに、無視して攻撃を続けてくる相手と組んでもうまくやっていけるわけがない」

「話し合いを断られているし、重慶政府の要求を受け入れるのは日本にとって不利だと思います。アメリカやイギリスが武器を売っているのに仲良くなれるとは思わない」

「重慶政府と話し合って不利な条件を受け入れてしまったら、後からどうやって改正するんですか?昔に逆戻りです」

「重慶政府と仲良くなったら、日本と仲良くしたいはずの新南京政府が攻撃してくるかもしれません」

「新しい南京政府と仲良くして、混乱している中国を一緒に安全にする」



<B派>

「新南京政府の方が話し合いは楽に進みそうだけど、アメリカからは日本が国際連盟を脱退してからというものなめられているので、ここは信頼を取り戻すチャンスになる。そもそも、もともとやっていない罪を延安政府になすりつけられているんだから、互いに謝れば大丈夫だと思う。延安政府を全滅させればいい」

「どうしてもアメリカ・イギリスを敵に回すのは絶対に避けなければいけないから、ここは重慶政府を仲良くして、その後に南京政府とも仲良くすればいい」

「アメリカやイギリスは大切な学ぶべき相手だし、貿易をしているから」

「力の弱い新南京政府と話し合っても戦争は終わらないし、アメリカやイギリスを敵に回すと他の西洋の国々とも仲が悪くなる」



<ワークシート・第4ページ>
★日本は重慶政府をあきらめて、新しい南京政府を選んだ

日本が選んだのはAの「新しい南京政府と話し合う」でした。

 そのころ中国大陸には、日本と関係の深い産業がたくさんありました。
 茶・清涼飲料水・自動車・木材・セメント・マッチ・電球・ゴムなどの中小工場、製糸・製粉・造船などの巨大工場などです。そして、そこで働き、生活している日本人がたくさんいたのです。中国は内乱状態でしたから、日本人を守るための軍隊も必要でした。中国大陸は日本の経済と生活に深く結びついていたのです。
 もし、重慶政府と意見を一致させようとすれば、日本はそこに住む日本人も、苦労してそこに起こした産業も、軍隊もすべて撤退しなければなりません。これは国民の気持ちを考えると、たいへん難しいことでした。

しかし、この決断はアメリカ・イギリスとの関係を悪くしてしまいます。もしかしたら戦争になるかもしれません。中国大陸での問題も解決していないのに、アメリカ・イギリスと戦争をすることはなんとしても避けなければなりません。

ですから、政府内でもくり返し話し合いが行わました。そして、日本政府が決断したのがAだったのです。こうして、日本は新しい南京政府との間で条約を結びました。これに反対するアメリカ・イギリスは重慶政府への応援をさらに広げていくようになり、対立が深まっていきました。


 児童の感想を紹介する。

*今回の決断はとても難しかったです。当時の人も大変だったと思います。しかし、アメリカ・イギリスと仲が悪くなったのは残念です。でも、しょうがないことなんですよね。

*重慶政府は、日本の軍隊と停戦協定を結んだのに攻撃を続けるのはどうかと思うし、それを非難しないアメリカやイギリスもどうかと思う。

*ただ強いからという理由でアメリカ・イギリスが応援する重慶政府ではなくて、中国大陸に住む日本人を思って新しい南京政府と条約を結んだ当時の日本人は、アメリカ・イギリスとの関係を悪くしてしまうリスクを背負いながらも、すごいと思いました。

*アメリカ・イギリスはどうしても重慶政府の味方なんですね。アメリカ・イギリスと対立してしまったら、この二国は戦力も圧倒的なのでそれは絶対に避けたいです。

*日本は重慶政府、そしてアメリカ・イギリスを敵に回してしまったけど、時間をかけて作り上げた工業を手放す必要なはいと思った。

*延安政府はひどいと思いました。日本と重慶政府との戦争の原因だから。

*日本はアメリカ・イギリスと対立してしまうことになったけれど、日本人・産業・軍隊のことを考えると仕方がないと思う。

*今日の学習の最初に日中戦争って書いてあるのに、助け合いなんかしてびっくりして「何やってんだよ日本」と思ったけど、理由を知って日本は偉いな、と思いました。でも、これからの日本とアメリカ・イギリスの関係が気になります。

*日中戦争なのに中国の人に喜んでもらえるなんて、日本は本当に優しい国だな。あらためて実感しました。

*国民の気持ちを考えるとAだけど、外交のことを考えるとBだから、どちらにしてもリスクが高いなかでの決断だと思う。でも、米・英との戦争を避けなければならない。
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