授業づくりJAPANの「日本人を育てる授業」

わたしたちは誇りある日本人を育てたい。真の国際派日本人を育てたい。

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満州国をどうするか

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■安達弘先生の「小学校歴史人物学習 <なってみる日本史>」の紹介を続けます。
これは安達先生のブログ「授業づくりJAPAN YOKOHAMAプライマリー」から転載しています。

安達先生の授業は文科省推薦のアクティブ・ラーニングの歴史授業版です。
また、B4用紙裏表印刷のプリント(ワークシート)1枚だけで学習できる画期的なスタイルによって、
ユニバーサルデザインを実現した歴史授業としても定評があります。
誰でも成果が出せる授業であり、誰もが意欲的に学習に取り組める授業です。
 

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満州国をどうするか

 第2時は「戦争の原因を探る」というテーマの学習の1回目となる。
 一つ目のキーワードは満州である。

 最初に上記のようなこの授業の方向性を確認した後に、第1時から続く共通の課題を掲示する。 
 また、「日本の宿命」も大事なヒントとして掲示する。

<ワークシート。第1ページ>

★下の表と地図を見て気づいたことを書き出してみましょう。
┌───┬───────────┐
│ 王朝名│  建国した皇帝
├───┼───────────┤
│ 隋   │ 楊堅(ようけん)
├───┼───────────┤
│ 唐   │ 高祖(こうそ)
├───┼───────────┤
│ 宋   │ 太祖(たいそ)
├───┼───────────┤
│ 元   │ フビライ
├───┼───────────┤
│ 明   │ 洪武帝(こうぶてい)
├───┼───────────┤
│ 清   │ ヌルハチ
├───┼───────────┤
│ ?   │
└───┴───────────┘
満州1
現在の中国地図

 なお、教材として適切な地図が見つからず、余計な情報が入ったものとなってしまっている。そこで事前に着目させる観点を与えるために『地図にはいろいろな線が入っていますね。どんな線があるか、調べてみましょう』と指示しておく。

 ここで児童に気づいて欲しいのは以下の2点である。

 ①表にあるカタカナの人名

 ②地図にある線のうち東西を走るデコボコの線 


①は漢民族以外の民族が中国の王朝となった例である。モンゴル族のフビライと満州族のヌルハチである。
②はその異民族の侵入を防ぐために作った防御用の壁となる万里の長城である。



<ワークシート・第2ページ>
★中国大陸と日

①万里の長城

「万里の長城」は全長は6000kmで千年以上かけて作られました。月からも見えると言われています。これは南に住む漢民族が北から異民族(モンゴル族や満州族など)に侵入されないように作った防御用の壁です。この壁を突破し、漢民族を滅ぼしてできた国が元(モンゴル族)と清(満州族)です。中国大陸にはさまざまな民族が住んでいて戦いをくりかえしてきた長い歴史があるのです。
満州2
万里の長城1
満州3
万里の長城2
満州4
万里の長城3
満州5
万里の長城4


②日本人は満州に住むようになった

 日露戦争後のポーツマス条約により「万里の長城」よりも北の土地である満州はロシアから清に返されました。そこで、日本は南満州鉄道(満鉄)の権利を清からもらい受け、満州の荒れた土地に鉄道を通し、町を作り、産業を起こしました。そして、多くの日本人が満州に住み、農業・商業・工業を営んで生活していました。


③盗賊と軍閥といくつもある政府

1911(明治44)年、ついに清が滅んで中華民国が誕生しました。しかし、中華民国はまとまりが弱く「自分たちが本当の中国政府だ」と名乗る人が何人もあらわれるような状態でした。また、大陸では数え切れないほどの大小さまざまな盗賊が暴れていました。そして、こうした盗賊の中から強い者たちが軍閥を呼ばれるグループを作り、戦争をくりかえしていました。中国大陸は内乱状態だったのです。


④次々と起こる事件

 清が滅び、しっかりした政府もない中国大陸では治安が乱れていました。ほとんどの中国人は日本人と仲良くしていたのですが、なかには日本人を標的にするグループもあって事件が続発しました。日本人の子どもたちに石が投げられたり、日本の会社に勤めている中国人が脅迫されたり、町に日本人の悪口を書いたビラが貼られたりしました。さらにひどくなると町の中で日本人が殺されたり、日本人の経営する会社が爆破されるなどのテロも起きるようになりました。そして、怒った日本人と中国人のなかが険悪になり、衝突することが増えるようになってしまったのです。


⑤ソ連が迫ってきた

革命が起こったロシアは、これまでとはまったくちがう社会主義の国・ソビエト連邦(ソ連)になっていました。ソ連は五か年計画で力をたくわえ、満州の近くに大軍を集め始めました。その力は日露戦争の時よりも強いと考えられていました。



<ワークシート・第3ページ>
★満州を今後どうするか?・・・当時の日本人になって考えてみよう

 では、満州を今後どうすればよいか、当時の日本人になって考えてみましょう。
以下は架空の話し合いです。
 3人の意見を聞いて、あなたならどの意見に賛成するか考えてみてください。

◇Aさん:満州を「日本」にする

この状態では満州に住んでいる日本人の安全が保障できません。満州地域の「政府」に犯罪の取りしまりを頼んでも何もしてくれません。これでは子どもが町の中で遊ぶことさえできないではありませんか。こうなったら満州を日本の植民地にして日本政府が直接治めるしかありません。日本の国の力で安定した政治を進めれば安全な生活ができて満州に住む満州人や漢人たちもみんな喜ぶはずです。
 それにソ連が迫ってきています。満州に進入されたら大変です。日本の軍隊をソ連防衛に専念させるためにも日本の領土にしましょう。


◇Bさん:満州国をつくる

確かに安全な生活ができればみんな喜ぶとは思いますが、日本の植民地にして「日本」の領土ということになったら、満州人や漢人のプライドを傷つけることにならないでしょうか?ここはもともとは満州族の国だったところですから、日本の力を満州人に貸して「満州国」という国にしたらどうでしょう。最初は日本人がリードして安全な国にして、少しずつ満州人に政治をまかせるようにするのです。
 ソ連に対しては、満州国にいろいろな援助をする代わりに日本の軍隊を置かせてもらえるように約束し、ソ連防衛に専念できるようにしましょう。


◇Cさん:協力を頼み、じっと耐える

 その「満州国」は本当の独立国と言えるのでしょうか?アメリカやイギリスから「日本が裏で満州国をあやつっているんだろう」と言われてしまいそうです。確かに満州に住む人の安全も大事ですが、世界中から日本のイメージが悪くなる可能性もあります。ここはじっと耐えるしかありません。いくつもある「政府」に安全を確実にできるようにそれぞれ協力を頼んでみましょう。
 内乱状態の満州でソ連防衛は難しいので、満州にいる日本の軍隊の数を無理をしてでも増やしていくことで対応しましょう。

◆ひとつ選んであなたの考えを書いてみましょう。後で話し合いましょう。

 意見分布は以下のようになった。右の数字は話し合い前、左の数字は話し合い後である。

 1組・・・A 4人→3人   B 18人→21人   C 4人→1人

 2組・・・A 5人→7人   B 17人→17人   C 6人→4人
 

 児童からは以下のような意見が出てきた。

◇A派

「Bさんの最後の話はそんなに都合よくいくわけがないからダメだと思う。Cさんはイメージが悪くなると言うけど耐えてばっかりいるのは満州に手が出せないくらい日本って弱いんだ・・・と見られるからどうどうと植民地にした方が日本も満州も安全になるし、ソ連防衛にもなる」

「元々満州にいる人たちのプライドを傷つけるかもしれませんが、これが一番安全です。堂々と日本に植民地にした方がいい」

「当時の日本は植民地を持たなければ植民地にされるから、ここは日本が直接治めて安全にそしてソ連防衛に専念するべきだ。満州の人たちにはこれは日本の宿命なんだと言うことをわかってもらうしかない」


◇B派

「満州を植民地にしてしまうと満州人のプライドを傷つけてしまう。でも、中国のいろいろな政府に頼んでも互いに仲が悪いから協力してもらえないと思う」

「満州国を独立させたら満州の人も喜ぶし、日本人の安全も守れる。一石二鳥。平和なのが一番いい」

「植民地にしてしまうとプライドを傷つけられて満州で反乱が起きてしまうかもしれない。そこで「裏で操っている」と言われないようにアメリカとイギリスに了解をもらっておけばいい」

「もし植民地にするにしても現地の声をしっかり聞かないと、争いがひどくなる。それに日本は台湾の時のことを見ればわかるけどそんなに冷酷になれないからBがいい」

「植民地にすると朝鮮の時のように相手のプライドを傷つけて反対されてしまうから植民地にはしないで満州人と日本人で仲良く暮らした方がいい。日本政府が軍隊を満州に行かせて盗賊などと取り締まればいいと思う」

「Aは満州人のプライドを傷つけてしまい、もしかすると日本人にいやがらせをするかもしれない。だからといってCのようにずっと耐えることなんて本当にできるんでしょうか?満州国を作り日本が手助けすればよい国になると思う」

「Aだとソ連に満州に攻め込まれたときに直接、日本に攻め込まれたことになる。Cのようにいろいろな政府に協力を頼むとそれぞれが裏切られた!とかなって危険。なのでBがいい」

「日本が台湾のときのように元々住んでいた人のプライドを傷つけずに政治を進めれば、満州人や漢人も満州国を作りたいと思ってくれるはず。それに満州人には軍隊はないと思うので、日本がソ連から守ってあげればいいと思います」


◇C派

「同じ国際連盟に所属する日本のイメージが悪くなると、結局ソ連の方に有利になってしまい相手の思うつぼだと思う。アメリカやイギリスに対してイメージをよくしておけば助けてもらえるかもしれない」

「日本のイメージが悪くなると他国から攻撃を受けるかもしれない。今はソ連のことに集中して軍隊を増やした方がいいと思う」



<ワークシート・第4ページ>
★満州事変から満州国の建国へ
  
◇1931(昭和6)年、満州を警備していた日本の陸軍部隊が満州の奉天(ほうてん)という町の近くで満鉄の線路を爆破し、これを中国のしわざであるとして満鉄の沿線にある都市を占領しました。この陸軍部隊は強引な方法でBの考え方を実行しようとしたのです。
しかし、日本政府と陸軍本部はCの考え方に近かったので「これ以上強引な方法で問題を拡大してはいけない」と不拡大方針の命令を出しましたが、満州の陸軍部隊は命令を聞かずにさらに満州のその他の都市も占領しました。日本政府はどうすることもできずにこの行動を認めてしまいました。これを満州事変と言います。

満州で日本人が受けていた被害を解決することができない政府に対して不満が高まっていた国民の中には、この強引な方法を支持する者も多くいました。
 こうして1932(昭和7)年、満州の陸軍部隊を中心に、清が滅亡したときの皇帝を満州国皇帝の地位につけて満州国を建国しました。

アメリカをはじめ各国は満州事変をおこした日本を非難しました。国際連盟(アメリカは未加盟)は満州にリットン調査団を派遣して調査を行いました。
リットン調査団の報告書にはこう書かれています。
*満州に住む日本人の安全と権利が脅かされる被害にあっていたことは認める。
*しかし、満州国は日本単独ではなく他の国も参加して管理した方がよい。
すでに満州国を建国していた日本はこれに反対して国際連盟を脱退しました。

◇その後、日本と中国の間には停戦協定が結ばれてしばしの平和が訪れました。
満州国は五族共和(満州人・漢人・朝鮮人・日本人・モンゴル人)の理想を掲げ、日本の力を借りて経済を成長させました。政治が安定し、安全が保たれたことで南の中国から多くの中国人が満州に入ってきました。
しかし、満州国のリーダーシップは満州の日本陸軍がにぎっていました。また、日本人を標的にした事件もなかなかなくなりませんでした。

◇当時の満州国の各地のようすを写真で見てみましょう。
満州6
新京駅前
満州7
新京のメインストリート
満州8
西公園(夏はボート遊び、冬はスケートリンクになる)
満州9
キタスカイヤ街1
満州10
キタスカイヤ街2
満州11
牡丹江小学校の運動会
満州12
鞍山製鉄所
満州13
大豊のダム建設
満州14
貿易でにぎわう大連港
満州15
大連の広場(当時の最新の都市デザインだった)
満州16
満鉄あじあ号(蒸気機関ながら今の新幹線こだまと同じスピードが出る)
満州17
あじあ号の食堂車
満州18
あじあ号の展望車



 最後に児童の感想を紹介する。

*満州事変で日本が中国に罪をなすりつけて占領したなんてとてもひどい。でも、その後に満州国を建国して安定させたのはとてもいい。はじめはよくないけれど終わりはととえもよかった。

*少し強引だったけれど、日本は満州国を豊かな国にしていたことがわかりました。いろいろな国の人や文化が違う人と一緒に住むのは大変だろうなと思いました。

*満州国が独立して中国と日本も平和になったけれど、日本人を標的にした事件がなくならなかったのは悲しいです。

*満州国が安定したのはいいと思いますが、国際連盟を脱退したのはよくないと思います。もとどおりになってほしいです。

*満州事変で日本のチームワークが少しずつなくなってきているような気がする。国際連盟を脱退してちょっと不安があるけどへいわになったてよかった。

*中国ではたくさんの日本人が殺されていたということがわかりました。日本政府はいまのままではダメだと思いました。もっとしっかりしないと。

*結局、満州は平和になったのでしょうか?経済成長できたなら満州国もうれしかったでしょうね。満州は近代的な街だったんですね。

*陸軍部隊は満州を安全ににようとしたのはわかるけど、やり方は強引で日本のイメージを悪くすることにしかならなかったような気がする。 
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