授業づくりJAPANの「日本人を育てる授業」

わたしたちは誇りある日本人を育てたい。真の国際派日本人を育てたい。

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日清戦争と日露戦争

■安達弘先生の「小学校歴史人物学習 <なってみる日本史>」の紹介を続けます。
「日清戦争と日露戦争」の授業(全5時間)の1時間目(導入)です。
これは安達先生のブログ「授業づくりJAPAN YOKOHAMAプライマリー」から転載しています。

安達先生の授業は文科省推薦のアクティブ・ラーニングの歴史授業版です。
また、B4用紙裏表印刷のプリント(ワークシート)1枚だけで学習できる画期的なスタイルによって、
ユニバーサルデザインを実現した歴史授業としても定評があります。
誰でも成果が出せる授業であり、誰もが意欲的に学習に取り組める授業です。
 

■横浜の小学校6年生の思考力・表現力がみごとです。
 全国の先生方、ぜひ追試してみてください!


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        日清戦争と日露戦争

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 日清戦争と日露戦争の学習の導入に当たる授業である。
 なお、この学習に入る前に次の話を朝の会等でしておく。
『これからは戦争の学習が続きます。その戦争の学習に入る前に戦争について学ぶときの3つの心得をお話ししておきます』

 ①戦争は悪い人がいるから起こるのではない。
 ②戦争には必ず原因がある。
 ③戦争を避けるにはどうすればいのかを考える。

 『悪い人がいるから戦争が起こるという考え方は幼稚です。君たちはもう6年生なのだから、原因を考えて下さい。それがわかれば戦争を避けるにはどうしたらいいのかわかるはずです』

 本時は2枚の地図を見せるところから始める。
 最初に図1を見せて児童に問う。
『図1は間違っています。どこが違うかわかりますか?』
必ず誰かが気づく。
「朝鮮半島がない」「韓国がない」
『そうですね。正しいのは図2です』
と言って図2を提示する。
 なおここで、Aがロシア、Bが清、Cが日本であることを確認する。

日本周辺図①
日清日露1
日本周辺図②
日清日露2
 ワークシートを配布する。
 
<ワークシート・第1ページ>

★下の二つの日本周辺図を見て、考えてみましょう。図1はまちがった地図で、図2は正しい地図です。 なお、Aはロシア・Bは清(中国)・Cは日本です。
 
 この二つの地図を見比べると朝鮮半島が日本にとってとても大事な場所であることがわかります。
 なぜ、大事なのでしょうか? 
 また、これまでの歴史の学習を振り返って、朝鮮半島が日本にとって大事な場所である理由を見つけて下さい。


 子どもたちからは以下のような意見が出てきた。

「近いから」「近いから貿易ができる」「近いからすぐに届けることができる」
「朝鮮だけでなく清とか大陸とも貿易ができる」「近いから新鮮なものが届けられる」
「大事な情報とかもここから取ることができると思う」
『そうか・・・新鮮というのはモノだけでなくて情報と言うこともあるかもしれないね』

「なんか大陸とかから強い国が来るときにここで防げる感じがする」
『防波堤みたいな感じかな?』

「たしか江戸時代には朝鮮通信使とか来ていて日本と仲が良かったはず」
「貿易もしていた」「渡来人とかも来ていた」
『みんなの意見を聞いていると朝鮮半島は日本と近いので貿易などで大事だということですね。朝鮮半島は大陸と日本の間にあります。よく見ていると何かに似ていませんか?』
ここは授業をした2クラスとも「橋みたい」という意見が出た。

『ある人は朝鮮半島は日本にとって大陸とつながる橋のようなものだと言っています。でもこれはこれまでの日本の歴史を振り返るといい橋のときもあったし、こわい橋のときもありました』

<板書>

橋・・・いい橋
    こわい橋

『いい橋のときとこわい橋のときを思い出して下さい』

「いい橋は渡来人が来たり、貿易しているとき」
「こわい橋はたしか・・・元寇のときだ」
『そうでしたね。では朝鮮半島が日本にとって非常に重要な場所であることがわかったところで日清戦争と日露戦争の学習に入りましょう』


<ワークシート・第2,3ページ>

★日清戦争と日露戦争を比べて、2つの戦争の共通点を考えよう

日本は明治時代の後半に2つの大きな戦争を経験しています。この2つの戦争についての説明を読んで、共通点を見つけてみましょう。

(1)日清戦争

①朝鮮をめぐって対立
 清は「昔からの決まりで朝鮮はわれわれの支配下にある属国(ぞっこく)である」と考えていました。しかし日本は「朝鮮は独立して新しい近代的な国になってもらいたい」と考えていました。朝鮮半島にしっかりした独立国があることが、日本の安全にとって重要だったからです。
 このように朝鮮をめぐって対立していた日本と清は、朝鮮に出兵する場合には互いに事前通告することを約束していました。
 そんな中、1894年に朝鮮内部で大きな戦争が起こりました。この戦争は、キリスト教に反対するグループが朝鮮政府に対して税金を下げることとと外国人を朝鮮から追い出すことを求めたもので、そこに農民が加わったものです。

②日清戦争始まる
 これを自分の力でおさえることができない朝鮮政府は、清国に出兵を頼みました。清が出兵すると、条約に従って通告された日本も出兵しました。
 その後、反乱はおさまりましたが、日本と清は対立を深めました。
 そして、1894年に日本は清に宣戦を布告し、日清戦争が始まったのです。
 日本軍は、アジア一の大国である清国軍を打ち破り、圧倒的な勝利を収めました。そして、講話交渉が行われ、下関条約(日清講和条約)が結ばれました。
 この条約によって、清は朝鮮の独立を認め、遼東半島・台湾・澎湖(ほうこ)諸島を日本に譲ることになりました。また、賠償金2億両(テール)を支払い、清国の4つの港を開くことも約束しました。

③三国干渉
 ところが、講和条約調印からわずか6日後、中国地域への進出をねらっていたロシアが、ドイツ・フランスと共同で、遼東半島を清国に返すよう日本に要求しました。これを三国干渉と言います。
 西洋の国々に比べて、まだまだ力の弱い日本はこの要求を受け入れました。
 その後、戦争の賠償金を使って官営八幡製鉄所が作られ、日本の重工業の中心になっていきました。


(2)日露戦

①義和団事件後の対立
 清が日清戦争に敗れて国力が弱くなると、イギリス・ロシア・フランス・ドイツなどが中国地域へ進出してきました。これに怒った清の民衆は「西洋人を追い出せ!」と反乱を起こし、義和団というグループを作りました。これが義和団事件です。
 どんどん大きくなった義和団は北京の各国の大使館を包囲しました。これに対して、日本を含めた8カ国の連合軍が戦い、反乱はおさまりました。

②日露戦争始まる
 しかし、反乱がおさまったにもかかわらずロシアは、軍隊を中国東北部の満州に残して自分の国へ戻ろうとしませんでした。朝鮮半島のすぐ近くに強い力を持ったロシア軍が残ったことに日本は危機感を持ちました。また、独立したとはいえ朝鮮の政府が安定してないことも大きな問題でした。
 1904年、これ以上ロシアに時間をあたえては勝ち目はないと考えた日本はロシアとの戦争に踏み切り、日露戦争が始まったのです。

③世界中を驚かせた勝利
 世界中の人は「この戦争は西洋の大国であるロシアが絶対に有利だ」と思っていましたが、意外にも日本軍が優勢のまま進んでいきました。日本軍は多くの犠牲者を出しましたがロシア軍の拠点である旅順(りょじゅん)を占領し、奉天(ほうてん)での激しい戦いののちこれを破りました。
 さらに海の戦いではロシアのバルチック艦隊を東郷平八郎を司令長官とする日本の連合艦隊が迎え撃ち、撃滅しました。

③ポーツマス講和会議
 しかし、まだまだ国力の弱い日本の戦いは限界にきていました。これ以上、戦争を続けることはできないと考えた日本は、アメリカ大統領ルーズベルトにロシアとの講和を依頼しました。こうしてアメリカのポーツマスにおいて講和会議が開かれ、ポーツマス条約が調印されて日露戦争は終わったのです。

日清戦争図
日清日露3

日露戦争図
日清日露4


◆2つの戦争の共通点を見つけて箇条書きで書き出しましょう。

 児童からは以下のような点が共通点として出された。

*大国に戦争を挑んだ
*どちらも日本が勝利した
*世界中が驚いた
*戦いは日本の外で行われた
*どちらも清国で行われている
*どちらも朝鮮半島がこわい橋になっている
*どちらも国の考え方の違いが原因で戦争になっている
*どちらも講和会議が開かれている
*どちらも条約が結ばれている



<ワークシート・第4ページ>

★日清・日露戦争のころの日本と世界
┌──────────────────────────────────────┐
│     まことに小さな国が、開化期をむかえようとしている
└──────────────────────────────────────┘
 これは歴史小説家の司馬遼太郎さんの言葉です。
「まことに小さな国」とはどこの国のことでしょうか?
「開化期」とはどんな時期なのでしょうか?

これは日清戦争・日露戦争を戦っているころの日本のことを言っている言葉です。
 つまり、アジアの片すみの小さな国・日本がようやく世界の大国と肩を並べるところまでやってきて新しい時代に入ろうとしている―という意味だと考えていいでしょう。

この時代は私たちが生きている現代とはちがいます。
強く大きな国が小さな国を自分の国の植民地にしたり、属国にするのは当たり前のことで、決して悪いことだとは考えられてはいませんでした。むしろ、それが常識と言ってもいいぐらいだったのです。

日本の周辺のアジアの国々はみんな西洋(ヨーロッパやアメリカ)の植民地にされています。さいわいにも日本は植民地にならずにすみました。幕末から明治にかけて、私たちの日本人のご先祖様がこれまでつちかってきた知恵と勇気で乗りきってくれたのです。さらに、この2つの戦争を経験した日本人は最後の難関も何とか切り抜けることができました。
 日本はここまできて、ようやく植民地化の恐怖からのがれ、独立を維持することができました。そして、世界と肩を並べられるようになったのです。


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児童の感想を紹介する。

*今こうして安全な国になっているるということは色々なご先祖様のおかげだということだ。

*日本は2つの大きな戦争をなんとか切り抜けて、そこで他の大きな国とも肩を並べられるようになったから、今があるのだと思いました。

*小さな国なのに勝つことができたところがすごいと思った。

*日本はすごい国なんだとわかりました。絶対に日本は負けると思っていたけれど、日本の知恵と勇気で勝ててすばらしいと感じました。日本が日清戦争と日露戦争に勝ったから植民地化を恐れず独立もできるようになったのは、本当に「進化」したなあと思いました。

*日本も強い国だと思いました。ご先祖様ありがとうございました。

*日本は清・ロシアのような大きな国と戦争をしようという勇気があるので、すごいと思いました。

*日本はずっと昔から天皇などを中心に基礎を固めてきたし、たまに西洋から知識をもらったりして、強くなっていったから勝てたと思います。もしも、基礎を固めずに強くなってしまったら戦争にも負けて植民地になってしまったと思います。

*日本ってすごく弱い国だと思っていた。だけど、日本が勝ったから今の日本があることを知ってうれしかった。ご先祖様に感謝します。

*今日の学習で、日本が植民地にされるかもしれないぎりぎりのところで大きな清とロシアに勝ったことで日本も西洋人と同じぐらいの力を持っていることがよくわかった。



以下の感想には後日、私から朝の会でコメントをした。

*日清戦争も日露戦争も相手は朝鮮半島をねらっていて日本はそれに危機感を感じて日本の未来のために戦ったことがわかった。
→これが大事な戦争の原因ですね。

*この2つの戦争に勝ったことで、日本の将来はほぼ安定といっていいぐらいになって、植民地化されなくてよかったと思う。負けていたら大変なことになっていた。
→その通り。もし負けていたら植民地化されていた可能性は非常に高くなっていた。そうしたら、今頃日本はないかもしれないよ。

*大国に勝利した日本は調子に乗ってしまうのでは?朝鮮がかわいそうです。清からもロシアからも恐怖を覚えているからです。
→調子に乗ってしまうかどうかはこれからの勉強で見ていくことにしましょう。朝鮮はいつも大きな国から圧迫を受けてしまう位置にあります。たしかにかわいそうです。でも、これが朝鮮の宿命なんです。朝鮮の人たちはこの宿命に負けずに頑張って生きています。日本にも宿命があるんですよ。それはこの後の学習でだんだんとわかってくると思います。

*日本は2つの大きな戦争を10年おきにしたことはとてもすごいことだと思う。でも、僕からしてみると、すぐに戦争をするのではなく、十分に話し合ってからにしてほしかった。
→大事なことに気づいてくれましたね。でも、話し合いは何度も行われているんです。繰り返し、繰り返し話し合いをしても一致できなかったから、しかたなく戦争になるんです。戦争は誰か悪い人がいるから起こるのではありません。何度も話し合って、それでも一致できないときに起こるんです。
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