授業づくりJAPANの「日本人を育てる授業」

わたしたちは誇りある日本人を育てたい。真の国際派日本人を育てたい。

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福沢諭吉

■安達弘先生の「小学校歴史人物学習 <なってみる日本史>」の紹介を続けます。
「板垣退助」は明治維新の授業(全5時間)の3時間目です。
これは安達先生のブログ「授業づくりJAPAN YOKOHAMAプライマリー」から転載しています。
 横浜の公立小学校6年生の思考力・表現力がみごとです。
 全国の先生方、ぜひ追試してみてください!


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           福沢諭吉

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 明治維新の5時間目。最終回は「まとめ」として福沢諭吉を取りあげる。
 いつものように肖像写真を見せる。


<ワークシート・第1ページ>


★下の写真が福沢諭吉です。下は若い時の諭吉ですが、11才の外国人の女の子といっしょに写真に写っています。どこで撮ったのでしょうか?

福沢諭吉肖像
福沢1

諭吉とアメリカ人少女
福沢2

 子どもたちに簡単に予想を聞いてみる。

「フランス。諭吉がそこで道を聞いたら教えてくれた」

「日本。学校の生徒で優秀だったから」

「アメリカ。諭吉が留学したときにガイド役をしてくれたから」

などなど・・・。

『みなさん面白い予想ですね。正しくは勝海舟が船長だった咸臨丸にいっしょに乗ってアメリカへ行ったときの写真です。帰るときに記念写真として撮りました。11才の女の子に頼んで一緒に写ったらしいです。当時は外国人の女の子と写真を撮るなんてとても珍しいことですから、帰りの船の中でみんなにうらやましがられたそうです』
しかし、蒸気の予想もあながち見当はずれではないことを伝える。
『諭吉はアメリカへ2回、ヨーロッパにも1回、計3回も海外へ視察に行っていますから、みなさんの予想もあながち見当はずれとは言えません。それから諭吉は学校も作っています』



<ワークシート・第2、3ページ>


★『学問のすすめ』(初編)を読んでみよう

 福沢諭吉は『西洋事情』『文明論之概略』など多くの著作を残していますが、なんと言っても有名なのは『学問のすすめ』です。
これは1872(明治5)年に初編が発刊されました。最初は初編だけのつもりでしたが、あまりにも評判がよいので4年間で17編まで続きました。最終的には340万部も売れるベストセラーになり、当時の国民の10人に1人は読んだと言われています。
 最初に書かれた「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らずと言えり」という言葉が有名ですね。
では、全文を読んでみましょう。ただし長いので、先生が短く要約しました。現代語に訳した本もあるので、興味のある人は読んでみてください。

┌──────────────────────────────────────┐
│  「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」と言う言葉がある。
│  ところが、この世の中を見ると賢い人もいれば、愚かな人もいる。みんな平等
│ なはずなのに、なぜちがいが生まれるのか?それは学問をするか、しないかによ
│ って決まるのである。

│ ①ただし、ここでいう学問とは日常生活に関係する「実学」である。たとえば、
│ 字の書き方、そろばんの使い方からはじまって地理、物理、歴史、経済、道徳な
│ どである。こうした教養があってこそ、どんな職業の人も自分のやるべきことが
│ できる。そうすれば、自分も独立できるし、自分の家族も独立できる。そして、
│ 独立した国民が増えることで自分の国を本物の独立した国にすることができるの
│ である。
│ │
│ ②なお、学問をするには「自由」の限界を知ることが大事だ。他人に迷惑をかけ
│ るわがままは自由とはちがう。一人のわがままは悪い影響を及ぼすからだ。

│ ③この独立と自由は個人のことだけでなく、一つの国にとっても大切なことだ。
│ 日本も西洋も同じ地球上にあるのだから、互いにぺこぺこすることもないし、い
│ ばる必要もない。相手が正しければ、まだ発展していない小さなアフリカの国々
│ にも頭を下げるべきだし、自分の国の正義を守るためには、強力な軍隊をもつア
│ メリカやイギリスも恐れてはいけない。もし、自分の国が名誉を傷つけられたら
│ 、日本国中の民は一人残らず命を捨ててでも名誉を守るべきだ。それが、国の独
│ 立と自由を守ることになる。

│ ④江戸幕府の時代とくらべると、明治維新によって政治はすっかり変わった。生
│ まれや家柄ではなく、その人の能力によって大事な役目が決まるようになった。
│ 大事な国の決まり事を扱うからこそその人は尊敬される世の中にしなければなら
│ ない。また、日本には言論の自由もできた。だから、政府に不満があれば遠慮な
│ く訴えてよいのだ。
│ │
│ ⑤このように、個人も国も独立・自由が大切である。もし、独立と自由を妨げる
│ ものがあれば、はっきりとNOと言わなければならない。そのためにも、私たち
│ は能力や人格を鍛えるために学問をすることが必要なのだ。

│ ⑥だれだってよい政治を望み、「豊かで強い国になってほしい」「外国から軽蔑さ
│ れたくない」と思っている。国民は学問を身につけ、よい政治ができるように政
│ 府を助け、悪い政治をしないように政府を監視することが大事だ。国民と政府が
│ 互いに手を取り合って日本の平和を維持していこうではないか。
└──────────────────────────────────────┘



★もしあなたが福沢諭吉だったら、明治時代の日本人にいちばん言いたいのは①~⑥ のうちの第何段落ですか?
下の「明治時代の日本の課題」を参考にして考えてみましょう。


 課題1:憲法をつくり議会を開こう

 課題2:政党をつくり互いに意見を出し合って話し合うようにしよう

 課題3:不平等条約を改正しよう

 課題4:全国に学校をつくり教育を充実させよう

 課題5:西洋による植民地化の脅威から日本を守ろう


 ここでの教師側の問題意識は授業における『学問のすすめ』の取りあげ方にある。

 教科書も資料集もそして授業でもたいていは最初の「人は天の上に人を・・・」を含む数行しか取りあげていない。
 これでは全く諭吉の思想を教えることにならない。
 そもそも人間が平等でることと学問の話がまったく結びつかない。
 なぜ、全文読ませようとしないのか?
 分量がネックになるというのなら要約でもいいので読ませるべきである。


 では子どもたちの意見を見てみよう。

*1組・・・①0人 ②1人 ③13人 ④6人 ⑤2人 ⑥3人
*2組・・・①0人 ②0人 ③5人  ④8人 ⑤0人 ⑥17人

主な意見は以下のものである。

◇②
「みんな平等と言っているのだから、わがままはそれを台無しにする」

◇③
「日本は外国に比べたら、小さくて弱い国だと見られていると思うが、弱いままの態度でいてはいけないと思う。もう少し自分の国を守るということを大切にしていった方がいい。また強い国にすべて従ったら自由はなくなってしまうと思う。そうしたら、不平等条約は永遠に続いてしまう」

「課題3のことから、今一番日本が困っているのは不平等条約だから」

「独立と自由が今の日本には大切で、正しいことをして名誉を守ることが大切。強いアメリカやイギリスにも恐れずに立ち向かうことができなければ何もできないから」
「みんなが同じように平等でなくてなはらない。ぺこぺこしたり脅したりしたら強い西洋の国々や小さなアフリカの国とのバランスが西洋に偏ってしまう。ちゃんとアフリカにも技術とかを教えて地球をみんな平等にするべき」

「日本の独立を守るには国全体がまとまっているほうがいい。そして人々が自由だといい国になっていくと思う。それにいい国を見習っていくことが大事だと思う」

「日本は今までも独立を大切にしてきました。独立を守るためには、政府だけでない国民全員が協力しなければいけないと思います。段落5にもつながるし、日本が一つにまとまればよりよい国になっていくはずです」


◇④ 
「家柄がよくてもその人に能力があるとはかぎらない。家柄だけを考えていたら能力がある人が大事な役目に就くことができなくなる。それに政府に不満があれば訴えることも大事だと思う」

◇⑤
「はっきりNOと言えば、日本を西洋から守ることができて、西洋との交流がもっと盛んになれば、不平等条約を改正できる。 学問が盛んになれば学校が全国にできてその中の人が将来の国会議員になるかもしれない」

◇⑥
「国民はきちんと学問を身につけるなど第6段落は課題にしっかりあてはまっている。そして、よい政治ができるように政府を守り、政府を監視する。互いに手を取り合って日本の平和を維持していこうという文から一番日本のことを考え、日本人に伝えたいと思う気持ちが大きい」

「平和を維持することで、だんだんと強くなっていくし、国民と政府が協力して国に自信が持てればもう植民地化される心配はいらない。あの女の子との写真は外国から軽蔑されたくないということを見せるために撮ったと思う」

「やっぱり日本は政府のものではなく国民全員のものだから。ふつうの国民も日本のことについて考えなくてはいけないから。だから、国民と政府が互いに手を取りあって日本の平和を維持していったほうがよい」

「課題5に書いてあるように、植民地になってしまうかもしれないと思いながら一生を過ごすのと植民地にはならないと思いながら過ごすのではぜんぜん違う。だから、日本を強くする。けれど、政府はサボることもあるだろうから、それを民が監視しておくと政府もやるようになると思う。学問も強さも両立できる日本がいいと書いてあるから」

 この学習の価値はどの段落を読んでも明治維新期の日本人の課題と結びつくことにある。

 子どもたちは③=課題3の不平等条約と④=課題1・2議会と政党、そしてまとめあたる⑥に意見が集中した。
 ここまでの学習の内容がよく理解できていると考えられるだろう。


<ワークシート・第4ページ>


★福沢諭吉の生き方を調べよう

*身分制度は親のかたき
お父さんは中津藩(いまの大分県)の武士でしたが、藩の仕事のために家族といっしょに大阪で暮らしていました。このときに諭吉が生まれたのです。お父さんは学問が好きでたいへん優秀でしたが、身分の低い下級武士だったので希望する仕事につくことができずに亡くなりました。のちに、諭吉はそんなお父さんのことを気持ちを考えて「身分制度は親のかたきでござる」と言っています。

*オランダ語と英語を学ぶ
20才のときに緒方洪庵の「適塾」に入門しました。オランダ語を猛勉強してわずか2年後には塾のリーダーになりました。その後、横浜を訪れたときに英語の重要性に気づいて今度は英語を猛勉強しました。
その後、諭吉は3回も西洋を訪問しています。1回目は咸臨丸でアメリカへ、2回目はヨーロッパへ、3回目は再びアメリカへ渡っています。この訪問で西洋から多くのことを学びました。

*慶応義塾を開く
諭吉は23才のときに塾を開きました。それから10年後に慶應義塾を開きました。戊辰戦争の時には上野方面に煙が上がり、砲撃の音が聞こえる中で「世の中に何が起こっていても、この塾では学問はやめない」と言って平然と講義を続けたそうです。

慶應義塾
福沢3


 子どもたちの感想である。

*「この本がベストセラーになったのは国民のことを考えてすべての課題にあてはまり、国民の心を大きく動かしたからだと思います」

*「砲撃の音が聞こえても授業をやり続けるということはたぶん、とっても学問を大切にして勇気のある人にしかできないと思う」
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