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正論編集部の「つくる会」批判に反論する(4)


正論編集部の「つくる会」批判に反論する(4)
新しい教科書をつくる会副代表 藤岡信勝

文科官僚との論争の勝ち負けの判定

 正論編集部論文の第二の問題点は、この論文が文科官僚の代弁人に成り下がっていることである。そのことを論文の文面に即して確かめてみよう。
 「正論」六月号の一九七ページに次の一文がある。

 【自由社版に対する検定意見で「つくる会」に分がある主張も挙げておこう。】

 つまり、この論文は、「つくる会」対文科官僚という対立構図のなかで、この一文以前の事例に関しては全てが文科官僚の「勝ち」と判定していることになる。文科官僚の側から見た星取り表として整理すると次のとおりである。

文科官僚の勝ちと判定した事例
 ▽共産党政権 
 ▽菅原道真の職名
 ▽毛利輝元と関ヶ原の戦い
▽聖徳太子
 ▽「満州」と「満洲」
 ▽「トモダチ作戦」

 文科官僚の負けと判定した事例
▽新元号「令和」用の伏字

 ご覧のとおり、正論編集部論文の判定では六勝一敗で文科官僚の圧勝である。一敗の事例を入れたのは、編集部論文のあまりの偏りを誤魔化すための、公平を装う格好つけである。
 だが、この事例の選択は恣意的である。言い換えれば執筆者にとって都合のよい事例のつまみ食いである。例えば、今回の検定で最もよく知られている、「仁徳天皇・古墳に祀られている」の事例をなぜ論じないのか。全体として、どういう論理で両者の勝ち負けを総合的に決めるのか、その基準がない。
 そこで、正論編集部にお願いしたい。「つくる会」と私の共著の形で、百の事例に限定して文科省の検定意見に対する反論をまとめた『教科書抹殺 文科省はこうして「つくる会」を狙い撃ちした』(飛鳥新社)がある。この百件について、編集部として勝ち負け判定をしていただきたい。


 判定の基準は「どちらの勝ち星が五十を超えるか」ではない。「つくる会」側の執筆者の勝ち星が二十九に達するかどうかである。なぜなら、欠陥箇所が二十九箇所少なければ、自由社の歴史教科書の年度内再申請を、いやでも認めざるを得ないという制度になっているからだ。私たちは、同じ判定を同書の読者に呼びかける予定なので、その結果と比較するのも一興である。
 正論編集部がなぜこのような地点まで突如として変貌してしまったのか、その理由はわからない。だが、その言い分は文科省の官僚の言い分とピッタリ重なっていることだけは確かだ。正論編集部は、こんなことを書いている。

 【目に留まるのは、今回欠陥とされたうち、前回の検定で欠陥と指摘され、適切な記述に修正し合格したものを今回、元に戻して申請していた箇所が四十程度に及んだーという点である。そこで「同じ轍を踏む」ことなく「欠陥」とされなければ、自由社版は合格した可能性が高いのである。】

 これはまさに、文科官僚が与党の国会議員に盛大に触れ回っていることである。どうしてそれがわかるかというと、「つくる会」は「一発不合格」を食らった後、その不当性を、十数人の国会議員に面会して訴えてきたのだが、その過程で、議員から文科省の「反論」を間接的に聞かされてきたからである。正論編集部の右の書き方は、ほとんど文科官僚の言い訳の口移しである。一体、誰からこの話を聞いたのか、明らかにしていただきたい。

 右に引用した「四十」箇所に関連して、文科官僚が重大な発言をしていることがわかっている事実を指摘しておく。文科省の丸山洋司初等中等教育局長は、「十一月五日の検定結果申し渡しの日に、『問題の四十箇所を直せば年度内に再修正させてやる』と持ちかけたが、執筆者側は頑なにこれを拒否したから、不合格になった」という趣旨のことを語っている。

 制度上、そのようなことは出来るはずもなく、事実としても、当然ながら文科省側からはそのような話は一切なかった。簡単に言えば、これは完全なデマである。初等中等教育局長はこのようなデマを流した責任を取らなければならない。

 文科官僚は、なぜこの種のデマを製造して流しているのか、その動機についての私の推測を書く。文科官僚は、「一発不合格」制度の非人間的で残酷な本質を知られたくないのである。だから、あたかも、「つくる会」側が頑なに修正を拒んだので落とさざるを得なかった、という「つくる会」に責任をなすりつける架空のストーリーで国会議員を誑かそうとしたのである。

それにしても、正論編集部論文は文科官僚の代弁人を得々として演じて恥じるところがない。正論編集部も官僚の手口に誑かされたのではないか。言論人として恥ずかしいことである。
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正論編集部の「つくる会」批判に反論する(3)

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正論編集部の「つくる会」批判に反論する(3)
             新しい教科書をつくる会副代表 藤岡信勝


●文科官僚に悪意はない?
 今までのところで、正論編集部が「一発不合格」制度についてほとんど何も分かっていないことが明らかになった。ところが、次の「自由社の反論」という小見出しのついたパートに進むと、そうでもないかのようなことが書かれている。

 【今回の場合、「一発不合格」だから、具体の記述を俎上に載せながら、検定官と執筆者側が互いにやり取りを重ね、検定官が何を求め、どのような記述ならばパスできるのか、を模索する、いわば腹を探る機会は十分になかったのかもしれない。】

 「十分になかった」のではない。「全くなかった」のである。

 【しかし、全くなかったわけでもない。】

 何を根拠にそんなことを言うのか。

田北真樹子編集長は、この拙文に対し「反論を書く」とおっしゃったので、次号で必ずこの言明の根拠を示していただきたい。


 次の事例に進む。
 ▽遣唐使廃止の建言をした菅原道真の職名
 【これなどは「のちに右大臣を務めた菅原道真が894年に・・・」とすれば解決が図れたのではないか。】
 解決は図れない。すでに「一発不合格」になっているからだ。

 ▽毛利輝元と関ヶ原の戦い
 【・・・文章の技術的な問題として解決できそうな指摘まで、自ら修正を放棄してしまっているようにもみえる。少なくとも今までの「つくる会」にはそうした現実的な解決策を模索する柔軟さがあったように思えてならないのだ。】

 「修正を放棄」したのではない。すでに述べたように、修正の機会など全く与えられていないのだ。「一発不合格」制度がもっているこの恐ろしさが少しもわからないままに、他者をよく批判できるのものだと感心する。

 「つくる会」に柔軟性がなくなったとの心配はご無用である。「つくる会」は今でも十分に柔軟だ。頑ななのは、「一発不合格」制度をつくり、それを遮二無二適用した文科省の方だ。話がまるきりあべこべだ。

 正論編集部の頭の中は、文科官僚に悪意などないと信じ込む点で、日本の周辺に日本侵略の野望をもった国家など存在しないと思い込む憲法九条信者とほとんど同じようなお花畑状態である。

(つづく)

正論編集部の「つくる会」批判に反論する(2)

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正論編集部の「つくる会」批判に反論する(2)
             新しい教科書をつくる会副代表 藤岡信勝


「一発不合格」制度への無理解

 では、正論編集部論文はどのように書いていたか、それを見ることにしよう。なお、以下で、「正論」六月号からの引用は、すべて【 】で括って示す。

 正論編集部はその論文の冒頭部分で次のように書いている。

 【不合格が確定的となった二月二十一日、「つくる会」は文科省で記者会見を開き、文科省への抗議・批判と検定のやり直しなどを求めた。】

 間違いである。「不合格が確定的となった」のは、二月二十一日ではない。それよりはるか以前、前年の十二月二十五日に「確定した」のである。これはこの制度について認識していないが故の間違いであり、決して些末な間違いではない。

以下は、個別の事例の分析の結論部分に書かれている文言である。事例の内容自体については紙幅の関係で、別の機会に取り上げる。

 ▽「共産党政権」について。
 【文科省の主張を聞き入れずに「指摘はおかしい」と反発するやり方が果たして妥当だったのだろうか】

 前提が間違いである「文科省の主張を聞き入れ」るかどうかの選択肢は自由社には与えられていない。一方的に欠陥箇所のリストを渡されただけで、先に述べたように、「検定意見」は交付されていないのだから、ことは即座に終わっている。

 【これではまず妥協点など見いだせずに終わってしまうだろう】

 交渉の余地がないのだから「妥協」する・しないなど、そもそも問題になり得ない。

 【指摘された検定意見を踏まえて修正しなければ合格はない。そのことは、「つくる会」もはじめからわかっていたはずである。】

 当たり前だ。これを「釈迦に説法」という。過去五回、耐えがたいほどの妥協をし、教科書調査官の言いなりに修正して合格してきた。その道を断ったのが「一発不合格」制度なのだ。

 【不本意でも検定意見を踏まえた教科書記述を最大限模索し歩み寄る。そうしたことはできなかったのか。】

 できない。そうした機会は一切ないからだ。

 【検定側と執筆側の主張を両立することができないか、模索するのだ。】
 
あり得ない。問答無用で殺された死人には口がないからだ。

 【・・・と修正すれば、文科省のいう記述の正確さも、本質を見失うことも回避できたのではないだろうか。】

 ここは文脈が乱れていて意味が通じない。ともかく、繰り返しになるが、「修正」など一切認められていない。

 冒頭の部分と、一つ目の事例だけで、すでにこれだけの間違いがある。数えると、七件にもなる。(つづく)

正論編集部の「つくる会」批判に反論する(1)

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正論編集部の「つくる会」批判に反論する(1)
本日から数回にわたって「正論」七月号に掲載された拙論を掲載する。私は同誌4月号に「『つくる会』教科書をはねる文科官僚の職権乱用」という(編集部がつけた)タイトルの文章を書いた。これは「『教科書検定』を斬る」という同誌の特集の論文の一つで、他の執筆者は石川水穂、高森明勅、加戸守行の各氏であり、いずれも文科省の検定を不当として批判する立場からの寄稿であった。

ところが、それから2か月五の同誌6月号には、「本誌編集部」の名による「『つくる会』教科書不合格/文科省批判と再検定要求の前に」と題する文章が掲載された。その内容は文科官僚がこの間、責任を逃れるために一切の責任をつくる会に押しつけることと目的として製造したデマをまるごと真に受けた、驚くべき内容の「つくる会」批判であった。

私たちは言論による批判は歓迎する立場であるから、批判そのものはよいとしても、編集分論文は「一発不合格」制度についての無知を晒しており、事実関係の認識において根本的に間違っているので、批判以前の低劣な内容の文章である。正論編集部の突如の変節が何によるものかはわからないが、産経新聞の過去数十年来の社論にも反する異常な出来事である。

そこで、私は直ちに正論編集部に電話をして反論を申し入れた。田北真樹子編集長はなかなか私の反論の掲載を承認しなかったが、かなりのやり取りの後、結局は掲載を認めて、私の反論は同誌7月号に掲載された。6月号を読んで7月号を読んでいない読者のいることが考えられるので、私はすぐにでも反論をこの欄に掲載したかったが、7月号が発売中であるので自制してきた。しかし、その後も編集部論文の悪影響は現れているので、そろそろ次号の発売日が近づいたこの時期に、フェイスブックの読者に知っていただくために、ここに連載することにした。(以下、転載)



【正論7月号】
教科書検定制度への誤解に基づく正論編集部の「つくる会」批判に反論する
              新しい歴史教科書をつくる会副会長 藤岡信勝
 産経新聞社が発行する雑誌「正論」の二○二○年(令和二年)六月号に、「本誌編集部」という筆者名の「『つくる会』教科書不合格/文科省批判と再検定要求の前に」と題する論文が掲載された。本稿はこれに対し、「つくる会」の立場から反論するものである。なお、右の筆者名の「本誌」とは「正論」のことなので、文脈によっては指示対象がわかりにくくなる事態を避けるため、一貫して「正論編集部」と言い換えることにする。

●「一発不合格」という残酷な制度
 正論編集部論文の第一の問題点は、今回のテーマにおいて最も重要な「一発不合格」制度の本質への理解を欠き、この恐るべき制度についての事実誤認を前提に議論が組み立てられていることである。

 「一発不合格」制度とは、検定意見の数が教科書の総ページ数の一・二倍以上あるものは、年度内に再申請をすることができず、従って、検定意見も交付されず、検定意見は「欠陥箇所」と名前を変えて申請者に申し渡されるだけという、血も涙もない制度である。

 「一発不合格」処分を食らった教科書は、年度内に再申請できないのだから、翌年度に行われる採択戦に参加することが出来ない。教科書は商品であるから販売が禁止されれば、生き残ることはできない。だから、「一発不合格」制度の本質は、教科書の「死刑宣告」であり「抹殺」なのである。

 「一発不合格」は、このような残酷な制度の本質を表すために、「つくる会」がつくった用語である。これが制度の実態をよく表しているからこそ、メディアもそのまま使い始めて、今ではすっかり定着したと見て差し支えない用語となっているのである。

 「一発不合格」の「一発」については、銃によって一発で射殺されるという場面の喩えで考えてみていただきたい。射殺された者は即死であるから、何も発言することはできない。完全に口を封じられる。刑の執行者との交渉の余地は与えられていない。教科書検定の「一発不合格」も、原理はこれと全く同じである。交渉の余地があれば、それは「一発」ではなく、「二発」不合格になる。五月一日、「つくる会」は正論編集部論文への抗議声明を発した。その中に、同論文が「文科省の指摘に従う」べきだと主張していたことについて書いた、次の一節がある。

「そもそも、文科省の指摘に従うといっても、『一発不合格』ですから、執筆者側には一切の修正も再申請も認められていないのです。だからこその『一発』不合格なのです」

 自由社の「一発不合格」にいたる経過を次の時系列で確認しておこう。

【令和元年】
▽十一月五日 文科省、自由社に「不合格」の検定結果通知。四百五件の欠陥箇所を指摘
▽十一月二十五日 自由社、百七十五項目の反論書提出
▽十二月二十五日 文科省、自由社に「反論認否書」を交付、百七十五項目の反論の全てに「否」の判定を下す。「一発不合格」が確定

【令和二年】
▽二月二十一日 つくる会、「一発不合格」を公表
▽三月十日 参議院文教科学委員会で松沢成文議員(維新)が自由社不合格について萩生田文科大臣に質問。文科相は検定期間中を理由に見解表明せず
▽三月二十四日 文科省教科書検定審議会、中学校教科書の全ての検定結果を公表

 この経過の中で、教科書調査官との教科書の修正をめぐる話し合いの機会など一度として与えられていない。十一月五日と十二月二十五日の二回、四人の教科書調査官と面接する場面はあった。しかし、それは、文科省側からすると、希望があればサービスとして「欠陥箇所」の趣旨について説明してやるというだけのことだ。「修正」を前提として話し合ったわけでは全くない。また、十二月二十五日の最終決定の通知後の面接では、すでに決定した後であるから、これも単なるサービスにすぎない。

 そもそも「一発不合格」となった教科書には、検定意見が交付されないのだから、修正の機会そのものが剥奪されているのである。正論編集部論文は、この最大のポイントを全く理解せず、「一発不合格」を言い渡した文科省官僚の残忍さを想像すら出来ないままに書かれている。これがこの論文の最大の、致命的な欠陥である。(つづく)

文科省不正検定糾弾集会 6月25日(木) 17:30~ 憲政記念館

日本史ランキング文科省「不正検定」糾弾集会

6月25日 憲政記念館

予約受付中!

「教科書不正検定」の数々の事例に関して、萩生田文科大臣は、』6月5日の参議院文教科学委員会において松沢正文議員(維新)の質問に、「不正はなかった」と何ら内容のある回答を行いませんでした。

一例を挙げれば、「(国際連盟規約に日本が提案し否定された)人種(差別撤廃)問題がのちの日米戦争の一因になったという見方もあります」が「検定不合格」になっています。萩生田大臣の思想からしたらありえないはずです。しかし、現実はそうなっているのです。つまり、文科省官僚のクーデターに乗っ取られていることの認識も全くない哀れな大臣というしかありません。

こんなことを許していてよいはずはありません。

糾弾集会を下記の通り行いますので、ご参加をお待ちしております。(コロナ規制のために、500人会場に96人しか入れません。予約、早いもん順です。)

令和2年6月12日 「史実を世界に発信する会」茂木弘道拝

 

1、   令和2年6月25日(木) 17:30〜 (17:00開場)

2、   会場 憲政記念館 講堂 

千代田区永田町1-11(地下鉄永田町駅から徒歩5分、国会議事堂駅から徒歩7分

3、   メッセージ

松沢成文(参議院議員)、山田宏(参議院議員)、杉田水脈(参議院議員)

4、   リレー講演

・加瀬英明(正す会代表)「不正検定」事件は文科省大手術の絶好のチャンスである

・三浦小太郎(つくる会理事)私が初めて体験した歴史と公民の「教科書検定」

・斎藤武夫(授業づくりJapan代表)検定不合格をどう見るか―教室からの発言

・小山常美(公民教科書代表執筆者)日本を救う『新しい公民教科書』の画期的意義

・藤岡信勝(歴史教科書代表執筆者)『新しい歴史教科書』は死なない!「不正検定」

                   事件の全体像

5、    お礼の言葉:高池勝彦(つくる会会長)

6、    総合司会 原口美穂(手本は二宮金次郎の会会長)

7、   参加費:1000円

8、   予約申し込み: herofujita7@yahoo.co.jp  FAX:03-3519-4367

9、   問い合わせ先:080-5543-0111 二宮報徳連合代表 藤田裕行

10、  主催:二宮報徳連合・新しい歴史教科書をつくる会・史実を世界に発信する会

チラシをご覧ください! http://www.sdh-fact.com/CL/0625.pdf

 

******************************************

 

もう一つあります。これは本邦初の試み、奉仕を受けるべき国民と奉仕するべき官僚の公開討論会のお知らせです。

この基本を誤った官僚は、討論会に出て説明責任を果たさなければなりません。多分、官僚は逃げたい気持ちもあるかも知れませんが・・・。

しかし逃げたらそのことは、みずから非があることを自白しているのと同じです。

 

―不正検定の根絶に繋がる世紀の論争舞台を設定―

HOME > 不正検定 > 文科省教科書調査官との「公開討論会」企画

  『新しい歴史教科書』の代表執筆者・藤岡信勝氏らは、この度、令和元年度検定において『新しい歴史教科書』の検定を担当した4名の教科書調査官(村瀬信一、橋本資久、中前吾郎、鈴木楠緒子の各氏)に対し、公開討論会を申し入れることといたしました。

 自由社は昨年、175項目について反論書を提出しましたが、その全てに「否」の判断を下したのが上記の検定意見作成者の4名です。自由社と執筆者はこの理由に全く納得できず、公の場において討論を行うことが必要と判断いたしました。

 4名の調査官には、自らの信念に基づき、堂々と公の場において論陣を張っていただきたく期待しております。

 また、皆様におかれましては、ぜひともこの世紀の大論争にご参集いただき、両者の言い分についてジャッジしてください。どうぞよろしくお願いいたします。

<自由社側参加予定者> 藤岡信勝 加瀬英明 皿木喜久 ほか調整中

<文科省側予定者> 村瀬信一 橋本資久 中前吾郎 鈴木楠緒子 の各氏 *申し入れ中

【日時】 令和2年7月4日(土)14時開会(13時半開場)

【場所】 星陵会館大ホール 東京都千代田区永田町2-16-2

【参加費】 1000円(当日のお支払いとなります)

【要予約】新型コロナウイルス感染拡大防止のため、参加上限数を100名とさせていただきますが、6月上旬ころの状況を踏まえ、参加上限数が変更となる可能性がございますことを予めご了承ください。

なお当日は動画の「生配信」も予定しております。

【申込方法】先着100名様  <文科省「不正検定」を正す会>宛に、必要事項(①参加者氏名、②住所、③電話番号)をご記入の上、FAXまたはメールにてお申込みください。

FAX)03−6912−0048 (mailfuseikenteiwotadasukai@gmail.com

<主催>文科省「不正検定」を正す会 (電話)03−6912−0047

*万が一、調査官側が「公開討論会」への出席を断ってきた場合は、<文科省「不正検定」を糾弾する緊急決起集会>となります。

*新型コロナウイルス感染防止のため、参加者全員のマスク着用をお願いいたします。また当日、熱があるなど体調がすぐれない方につきましては参加をご遠慮ください。

月刊「正論」よ!正気か!!


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月刊正論の6月号に、「つくる会教科書不合格 文科省批判の前に」という記事が載った。この記事は既報の如く、文科省が正しいと言う間違った視点に立つ内容が希薄なトンデモ記事であった。

 しかしながら、この正論の記事が正しいと思い込み騙されてしまった友人もいるし、きちんと見抜いた友人もいる。そのような状況の中で、月刊正論7月号に堂々の反論が「つくる会」副会長の藤岡信勝氏によってなされた。この反論は完全に腑に落ちるものであり、月刊正論編集部の6月の記事はあり得ないものであったことが分かる。

 しかし、月刊正論は、7月号でさらなる2つの過ちを犯した。一つ目が、表紙である。8ページに亘る堂々の反論の論文であるにも関わらず、写真のように7月号の表紙は当該記事のPRのタイトルが伏せられている。さも反論記事が無い様に見え不自然な扱いであり、やましい気持ちを反映しているかのようで大変残念である。

 二つ目は、編集後記の「正論編集部の考え」である。文科省の役人が与党の国会議員に触れ回った内容と同じガセネタを書きながら「私たちの論文は文科省の受け売りではありません。編集部が各方面に取材し執筆したものとである」と歯切れが悪い。 「月刊正論」の洞察力を持って現状の教科書検定制度を知ったのであれば、文科省の役人が何と言おうが国会議員が何と言おうが、何が正しいかを判断できたのである。

 そうすれば、読者からの「ガセ記事を書いた」、「愚論」であったとのそしりを免れたものと思う。このように反論に対して後ろ足で砂をかけるような編集後記は読みたくもない。オピニオン雑誌らしく素直に謝罪して然るべきである。それが、月刊正論が読者をつかむまっとうなる生き方であろう。

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自衛権をしっかり書いた公民教科書!採択戦へ!!


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文科省教科書検定。『新しい公民教科書』の検定は、既に検閲化している。文科省調査官の思想汚染がいかに進んでいるか、さらに窺い知ることが出来ます。
 これが、検閲だとすると野党が大騒ぎし、マスコミが騒ぎ、ワイドショーが騒ぐのであるが、おかしな事に3者共だんまりだ!このことを見てもこの3者が裏で繋がっているのが分かる。
小山ブログを要約しシリーズでお伝えしています。


その9 
集団安全保障、集団的自衛権、個別的自衛権

 国際社会を競争社会と捉える『新しい公民教科書』は、国際社会における軍事の問題を重視する。そこで、単元64「安全保障への努力と日本」などの中で、国連による集団安全保障の仕組みを説明し、集団安全保障を支える多国籍軍とPKO部隊の区別を説明し、PKO協力法の説明を行った。これは、公民教科書史上初めてのことである。


 また、単元65「自衛隊と日米安全保障条約」では、主権国家による集団的自衛権及び個別的自衛権の説明を行った。わが国特有の限定的行使の許される集団的自衛権という出鱈目な概念と別に、『新しい公民教書』は、公民教科書史上初めて普遍的な集団的自衛権の概念説明を行った。〈ミニ知識 集団的自衛権〉全体を引用しよう。


 集団的自衛権は、個別的自衛権とともに国連憲章で認められている。自国と密接な関係にある他の国家が武力攻撃を受 けた場合に、 自国が直接攻撃されていなくても、共同で防衛を行う国際法上の権 利のことである。いかなる国も保有している権利である。

―――――――――――――――――――――――

国際連合憲章第51条

この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発 生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必 要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害 するものではない。

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宮崎正弘氏も参戦!


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「歴史教科書・一発不合格」って、
文科省が赤く染まっていたわけ?(宮崎正弘氏の書評)
 日本最大のメルマガ「宮崎正弘の国際情勢解題」令和2年(2020)6月10日(水曜日)通巻第6529号に掲載された『検定不合格 新しい歴史教科書(中学社会)』(自由社)の書評を転載させていただきます。お褒めにあずかった部分こそがまさに検定で執拗に攻撃された箇所でもあります。こういう教科書が通ることを絶対に阻止するために、デタラメな検定意見の水増しをおこなったのです。(以下、転載)]



 自由社版の中国歴史教科書が文科省の検定で、不合格となった。その市販本である。
 しかし、いったい何が不合格の理由だったか?
 大きくは次の項目だという。


 仁徳天皇陵は天皇が「祭られている」としたところ、「葬られている」に直せ、聖徳太子は「厩戸王子」だけで宜しい、「通州事件」を記載することは「侵略」印象を損ねる?


 こうした理由は外国の基準なのか、検定官には祖国への「愛国」という精神はどこにもないではないか。


 ならば、合格した教科書に問題がないのか、と言えば、問題だらけである


日本神話を軽視もしくは無視 東京書籍、教育出版、日本文教出版、山川出版。
秀吉の朝鮮出兵は「侵略」  東京書籍、教育出版、日本文教出版、山川出版。
徴用工・慰安婦は強制連行  東京書籍、日本文教出版、山川出版。
南京虐殺は「あった」    東京書籍、日本文教出版、帝国書院、山川出版。
日本の歴史は差別の歴史   帝国書院、東京書籍、日本文教出版。


 そもそも世界の常識的な歴史教科書は、自国の歴史に誇りがもてるように愛国心がしっかりと培養される工夫がされ、自国を好きになる物語、解釈がなされる。英雄が物語の基軸にある。戦前の国史教科書をかつてこの欄で紹介したが、まさにそうだった。
 不合格の烙印を文科省の左翼検定官がなしたが、自由社版には次のような特色が顕著にある。


すなわち他社の教科書とは異なって、日本の歴史を誇りとできるような記述が多いのである。
 神武天皇以前、縄文時代の平和を明記しており、縄文土器16000年前を明示した。年代の古さを従来の教科書は曖昧としてきた。日本文明が未熟で未開だという印象を植え付けようとしてきたのだ。


 縄文時代はこう表現されている。
 「一万年あまり続いた縄文時代は、自然との共生、人と人との和をもとにした、持続可能な安定した社会をつくっていました。この時代に日本人の穏やかな性格と日本文明の基礎が育まれたと考えられます」(31p)。


さらに神話にページを多く割いた自由社版は弥生時代からの戦争を区別しており、神武天皇はたしかに実在したことを教えている。


また白村江に関してもこういう書き方だ。
「半島南部が唐の支配下に入ることは、日本にとっても脅威でした。百済は、国を再興するための救援を、朝廷に求めました。日本と三百年の親交がある百済を助けるため、大和朝廷は多くの兵と物資を百済に送りました」(50p)


魏志が日本を「倭」と蔑称したことに関しても、自由社版はこう言う。
「『倭』という漢字は「ゆだね従う」「背が曲がって低い」などの意味をもち、どう見ても立派な国名とはいえません」(52p)。


遣唐使廃止は客観的にのべ、建武の中興も『建武の新政(建武の中興)』という表現になっている。


二宮尊徳、石田梅岩の復活があり、八田與一や三島由紀夫が登場している。


秀吉の朝鮮出兵は侵略ではないことも客観的に記述し、たとえばキリスト教の侵略を未然に予防する目的があり、東アジアの国際秩序建設だったと従来の「侵略」説に疑問附を投げかけている。


また近代国家の礎として五箇条の御誓文を明示していることは意義が深い。


 評者、中学生の孫がふたりいるので、二冊購った。




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歴史教科書の「国民検定」参加の呼びかけ





文科省教科書検定に対する「国民検定」のよびかけ(前半)


自由社への405件の検定意見のうち100件について反論した『教科書抹殺』(飛鳥新社)は反響を呼んでいます。この100件の「検定意見」と著者側の反論を冷静に判定する「国民検定」を企画しました。主催は<文科省「不正検定」を正す会>です。
オモテ・ウラ2頁のチラシを2回に分けて転載します。紙面をクリックし、拡大して読んで下さい。次の便も忘れずにお読み下さい。

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●文科省教科書検定に対する「国民検定」のよびかけ(後半)
[承前]よびかけの後半です。このページから入った方は前便からお読み下さい。クリックし、拡大してお読み下さい。
応募方法は、(A)、(B) の2つの方法があります。
(A)100件中勝ち数が少ない方を明示して、そのナンバーを記す方法
 <例>
教科書調査官側の勝ち番号:96、97、98、99、
  100
結果:95対5で著者側の勝ち(*勝敗の基準は前便を参
   照)
 送り先:fuseikenteiwotadasukai@gmail.com
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どちらの場合も、当選者に景品をお送りする都合上、住所・氏名をお忘れなく。
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合格した教科書は共産主義史観だ!


合格した教科書は共産主義史観(階級闘争・差別)だった!

                   八王子の選挙民 澤井直明


皆様が、既にご存じの様に、今回の中学校の歴史教科書検定では、戦後レジュームの脱却を目指して歴史を書いた「自由社」の教科書が有無を言わせぬ一発不合格になった。


 ところが、合格した教科書を概観すると次のような大きな問題があることが分かった。(『明日への選択』6月号の小坂実氏の論文による。南京虐殺の育鵬社は私が追記した)


日本神話を軽視/無視:東京書籍、教育出版、日本文教出版、山川出版。

秀吉の朝鮮出兵を侵略と断罪:東京書籍、教育出版、日本文教出版、山川出版。

徴用工・慰安婦を強制連行として記載:東京書籍、日本文教出版、山川出版。

南京虐殺はあった:東京書籍、日本文教出版、帝国書院、山川出版、育鵬社。

日本の歴史は差別の歴史であった:帝国書院、東京書籍、日本文教出版。


 このように、合格した歴史教科書を概観すると、「歴史は差別と階級闘争の歴史であった」とするマルクス主義歴史観、階級闘争史観をベースに書かれ、さらに韓国、中国の主張に沿った記述をする会社が多いのである。


どこの国の教科書なのであろうか、これでは日本の子供たちは自己嫌悪に陥り、自国である日本を嫌いになってしまうのである。今回それをやってのけた責任者が、我が選挙区の文科大臣まで上りつめた萩生田文科大臣であるから、大いなるショックであり、知り合いの多くのご婦人たちもショックをあらわにしている。


 私は支援者の一人として、今も萩生田氏の初心を忘れもしない、「日本を前に!」、「政治は信念と覚悟だ!」として当選したのだから。私はその信念と心意気を感じ八王子市の選挙民として応援したのである。しかし、その期待は、今回の教科書不正検定事件で、見事に裏切られたのである。6月4日の文教科学委員会で、日本の教科書検定はこれでいいのか?維新の会はの松沢成文議員が質したが、萩生田文科大臣のその答弁は、筋が通らずまるでマリオネット状態。背骨に歴史観も見えず、且つ、日本を背負う初心も何も感じられない残念なものであった。時間のある方は、下記URL文教科学委員会の動画でその答弁を見て下さい。1時間8分ごろから出ています。松沢成文議員は、このやり方は、「検定でなく、検閲だ」とも述べている。まさに仰せの通りである。



 さらに言うと、安倍総理は戦後レジュームからの脱却を掲げていたが、大きく遠のいたばかりか、コンビを組んできた萩生田大臣と共に、戦後レジュームを固着させてしまったのである。日本の未来に対して、こんなに積深いことはない。最近の媚中発言からも窺い知ることが出来る。


 自民党は自民党でなくなったのか、青山議員の「日本の尊厳と国益を護る会」を支援する方向に我々は、シフトせざるを得ないのである。
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