授業づくりJAPANの「日本人を育てる授業」

わたしたちは誇りある日本人を育てたい。真の国際派日本人を育てたい。

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幕末の重大情報


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●今回から、横浜の安達弘さんの授業をお届けします。安達さんは授業づくりJAPAN小学校の部のエースです。とくに人物中心の歴史授業ではこの人の右に出る教師はいないと思います。理論家でもあります。
ブログ「授業づくりJAPAN YOKOHAMAプライマリー」ではもう大東亜戦争まで来ています。
授業づくりJAPAN YOKOHAMAプライマリー
安達先生の授業はどれも粒ぞろいで充実していますが、同時に誰もが追試しやすいようにつくられているところが絶品です。
来年にはぜひ出版していきたいと考えています。どうか楽しみにしてください。

●では小学校歴史:幕末の授業の1時間目です。

幕末の重大情報

  幕末の学習へ入る。
  2つのことを確認する。
  『いまは何時代なのか?』 
  「江戸時代」とすぐに出る。そこで江戸時代も終わりごろの学習に入ることを伝え、「幕末」という言葉を教える。
  『これからの学習に関係する重要なことばをおさらいしましょう』と言って<鎖国>と板書する。
  意味を問う。
  大事なことは、貿易の制限をしていること、貿易はオランダと中国の2カ国であること、キリスト教が国内で広まることを恐れたための政策であることを確認する。
 
  ここまでの復習が終わったらワークシートを配布する。そして、以下の画像を提示する。
アヘン戦争図
幕末1

<ワークシート・1ページ目>
★江戸幕府は、200年間も鎖国を続けていました。しかし、世界の情報がまったく入ってこなかったわけではありません。
江戸幕府は毎年、長崎のオランダ商館から「オランダ風説書」という世界の情報が書かれた資料を取り寄せて読んでいました。では、江戸時代終わりごろにその中に書かれていた2つの重大な情報について調べてみましょう。

★その情報に関係する次の絵を見て気づいたことを箇条書きで書きだしましょう。

子どもたちからは以下の気づきが出される。
「船が爆発している」
「船の破片が浮かんでいる」
「爆弾かな?」
「煙が上がっている」
「戦争かもしれない」
「日本の船ではない感じがする」
「右斜めに大きな船がある」
「ボートに乗っている人は避難?それとも喜んでいる?」

 こうした子どもの発言を拾って以下の情報を与える。
 これは日本ではない。中国(この時代は清)とイギリスの間の戦争でアヘン戦争という。
 この戦争はイギリスの圧勝に終わった。奥の大型船がイギリスで、手前の帆船が清の船である。イギリス軍艦からの砲撃で清の船が撃沈されている。

<ワークシート・2、3ページ目>
★オランダ風説書による重大情報その1ーアヘン戦争

 絵に描かれているのは1840年にイギリスと清(中国)の間に起こったアヘン戦争のようすです。
 18世紀(日本では江戸時代の中ごろ)になると、西洋(ヨーロッパ)の国々ではさまざまな機械が発明され、大きな工場で大量の製品を作るようになり、大型の蒸気船で世界中の国々に進出するようになったのです。これを「大航海時代」と言います。
 さて、このころイギリスでは紅茶を飲むことがブームとなっていました。そこで大量の茶葉が必要になり、植民地にしていたインドで麻薬であるアヘンを作らせ、それを茶の代金として清に売りつけました。
清は、麻薬であるアヘンの広まりをおさえるためにアヘンの輸入を禁止しましたが、これに怒ったイギリスは軍艦で清を攻撃しました。このアヘン戦争はイギリス軍の圧勝に終わり、清は植民地と変わらない扱いを受けるようになってしまったのです。
日本よりも大きな国である清(中国)が西洋の国にかんたんに負けてしまったという情報は長崎のオランダ商館から届けられる「オランダ風説書」により日本にも伝えられ、大きなショックをあたえました。

アヘンを吸う清国人
幕末2

インドのアヘン工場①
幕末3

インドのアヘン工場②
幕末4

ケシの美
幕末5

◇植民地とは?
 上の例で言うと、インド人の土地にイギリス人が移り住み、イギリス政府の支配下になってしまうことです。
 16世紀に始まるいわゆる「大航海時代」以降、西洋の国々はアジアやアフリカの国を次々と植民地にしました。
いくつか例をあげてみましょう。

 マレーシア→ポルトガルの植民地
 フィリピン→スペインの植民地
 インド→イギリスの植民地
 ミャンマー→イギリスの植民地
 インドネシア→オランダの植民地
 ベトナム→フランスの植民地

アジアで西洋の植民地になっていない国は日本・清・タイの3つだけでした。
 しかし、アヘン戦争に負けた清も半植民地となり、残るのは日本とタイの2つだけとなってしまったのです。
 さて、江戸幕府は鎖国を続け、西洋の国々とはオランダとだけ長崎で貿易していました。ところが、オランダ以外の西洋の国の船もたびたび日本に近づいていたのです。

目撃された外国船
幕末6

★オランダ風説書による重大情報その2ーアメリカから黒船が来る

それから約10年後。「オランダ風説書」が再び重大な情報を日本に届けました。

①アメリカは使節を派遣して日本と貿易したいと言っている。
②その使節は日本の将軍へ書いた大統領の手紙を持ってくる。
③日本の港を貿易のために2~3カ所開いてもらい、その港に蒸気船を動かすための 燃料となる石炭を貯え、アメリカと中国を結ぶ蒸気船航路にしたい考えである。
④使節のリーダーは最初はオーリックさんだったがペリーさんに交代した。
⑤日本に上陸するための軍隊と道具などを用意しているようだ。
⑥来年の春には到着する予定である(少し延びるかもしれない)。

当時の日本人になって考えてみましょう。今後のわが国・日本に起こるかもしれない<危機>とは何でしょうか?

子どもからは以下のような意見が出てきた。代表的なものを紹介する。

「鎖国を終わりにしてオランダ以外の国ともやりとりや貿易をしなければならないかもしれない。他の国とやりとりをすれば、日本も西洋の植民地になってしまうかもしれない」
「アヘン戦争の時のように日本がアメリカの植民地にされてしまう」
「清も半植民地になっている。清よりも小さな日本は貿易を断ったらアメリカに攻撃されそう」
「強い西洋(アメリカ)が軍隊を率いてやってくるのに鎖国を続けている幕府が拒否したら、来年の春には日本が攻撃されてしまうかもしれない。負けたら植民地になるのではないだろうか」

 子どもたちはアヘン戦争というショッキングな情報を得て、同じようなことがわが国にも起こるのではないか?と危惧している。
 ここで、
『では、当時のリーダーである幕府はどんな考えを持っていたのだろうか?』
 と投げかけて次を見てみる。

<ワークシート・4ページ目>
★この<危機>に対して幕府はどう考えていたのでしょうか?

<江戸幕府の考え>
①わが国は、江戸幕府を開いた家康様のころから外国とは通信も貿易もしてい ない。
②その後、通信する国(朝鮮・琉球)と貿易する国(オランダ・中国)を限定 した。
③以上のことは、わが国の昔から決まっているルールなので変えられないし、
 変える気もない。

当時の日本にはこの幕府の考えに異議をとなえ、反論する人たちが次々と出てきました。
 あなたなら幕府の考えにどう反論しますか?

◇あなたの幕府への反論を書いてみて下さい。

 子どもたちの幕府への反論を紹介する。
「江戸幕府の考えも確かに理解できます。ですが、私たちよりも大きい清が西洋に負けてしまったという事実があります。江戸幕府を大事にしたいなら、引き受けた方がいいと思いますよ。じゃなきゃあ、攻撃されてしまいます」
「もう200年も続いてきたのだし、鎖国を決めた本人もいない。だから、ルールを変えてもいい。もっと通信する国と貿易する国をふぉやしてもいいと思う。このままじゃ、日本も味方を作らなければ戦争に勝てやしない」
「いろんな国と貿易すれば新しい学問や道具、武器が入ってきて日本は強くなれる。他の西洋の国と同じような近代国家になれる」
「西洋の国々は強い武器を持っている国がたくさんあります。もし、鎖国を続ければ、西洋の国に日本は支配されてしまうでしょう。でも、アメリカと手を組んで仲良くすれば他の西洋の国とも仲良くできるはずです。清という大国を倒したイギリスなら日本が困ったときに助けてくれるでしょう」 

 ご覧のように、幕府への反論を書くという設定なので当然、子どもたちは開国派として意見を述べている。
 興味深いのは開国すべき理由である。
*強い相手に逆らって鎖国を押し通したら相手を怒らせることになる。
*開国して西洋と仲良くすることが日本にとって得策だ。
 この2点のどちらか、または両方に触れている子が多い。
 アヘン戦争の結果を見れば、これしか道はない、と考えるのは当然だ。 

 ここで幕末の第1時は終わり、第2時の開国へとつながる。
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