授業づくりJAPANの「日本人を育てる授業」

わたしたちは誇りある日本人を育てたい。真の国際派日本人を育てたい。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

東京裁判の真実

齋藤武夫『授業づくりJAPANの日本が好きになる!歴史全授業』
好評発売中!

-------------------------------------------------------------------
本の表紙3


教育・学校 ブログランキングへ
クリックお願いします!

◆本書には、授業づくりJAPANが研究実践してきた歴史授業(歴史入門・古代から現代まで)が、どなたでも追試できるように書かれています。
◆本書をの授業を追試すれば、だれでも、楽しく・心にしみる・感動のある授業ができます。
◆子供たちがよく考え、活発に話し合う授業ができます。
◆クラスのほとんどが歴史好きになり、最後は日本が大好きになります。
◆これまでまったく無視されてきた学習指導要領の教科目標が必ず達成できます。用語の暗記や講義一辺倒の授業と決別し、歴史教育の王道に帰りましょう。
(小学校の目標)
「我が国の歴史や伝統を大切にし、国を愛する心情を育てるようにする」
(中学校の目標)
「我が国の歴史に対する愛情を深め、国民としての自覚を育てる。」
◆これまでの自虐史観教育をやめて、愛国心と日本人としての誇りを持った児童生徒を育成することができます。

◆また、次のような教科教育を超えたすばらしい効果もあります。
 それは、子供たちが日本人としての健康な自尊感を持つことです。自尊感は子供たちの心を安定させ、公共心を育み、学習意欲と向上心のスイッチを入れます。これは学級経営全般に大きな効果があります。

本屋さんでは売っていません
 お求めいただける方は、斎藤武夫(授業づくりJAPANさいたま代表)
までご連絡ください。
 郵送しますので、2000円+送料は後払い(郵便振替)でお願いします。

《連絡方法》 
Facebookでメッセージをください
・または、メールをください。
 saitotakeo@jcom.home.ne.jp
・または、お手紙をください。
 〒337-0041 さいたま市見沼区南中丸230-3  
                          斎藤武夫

《連絡内容》
(1)お名前 
(2)ご住所
(3)電話番号  
(4)冊数  
(5)メールアドレス
(6)教員種別または一般の別  


-----------------------------------------------------------------

◆「第5回《教師のための》斎藤武夫先生の歴史授業講座」◆
・本書の全授業を具体的に解説し、より有効な追試を可能にする講座です。
 4月から11月まで、毎月実施しています。

・9月5日(土)12:45~17:00  会場:千葉県船橋市勤労市民センター

 内容:「近代日本の国づくり 2」
   授業42「王政復古と江戸城無血開城 」~授業53「近代日本、国づくりの完成」(12時間分)

・会費:3000円

・講座では資料CD や動画DVDを差し上げています。そのまま授業で使えます。
資料CDは授業で使える画像・文字資料・授業用PowerPointスライド(全授業分)です。
どなたでもすぐに全授業ができます。

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■
★メルマガ
 「授業づくりJAPANの『日本人を育てる授業』」の購読申し込みをお願いします。
授業づくりJAPANの日本人を育てる授業 
     ↑クリックしてアドレスを入れてください。
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■



№66
世界の中の日本 14  【 昭和 9 】
「東京裁判の真実」


【授業の意図】
・前時で占領期が、武器無き戦争の継続だったことを学んだ。アメリカは日本の都市を灰にして、次は日本と日本人の精神を灰にしようとした。その中心が「この戦争の責任はすべて日本にあった。悪魔の国日本をつくったのは日本の歴史と伝統、そして日本精神、日本人の心だから、それらを禁止し絶滅しよう」という作戦でした。

・この授業は、「戦争は全部日本のせいだ。戦争犯罪は日本だけがやった」と決めつけた極東軍事裁判(東京裁判)の真実を学びます。学習の柱は、裁判の弁護人になって検察側意見にダメージを与える意見を考え書く作業です。

・また、東京裁判の不法性、不公正を事実に即して学び、よく理解すること。そして、日本国民自身が当時の大人たち全員の署名を集め、全国会議員・共産党・社会党を含む全政党が賛成して、被告を赦免し、刑死した被告たちは「法務死(戦死の扱い)」とした。こうして、現在の日本には「戦犯」と呼ばれるべき先人はいなくなったことを学びます。


【授業の流れ】
1 東京裁判
東京裁判

・写真を見て気づくことを発表する。学習の題材を知る。
【板書:東京裁判 昭和21年5月3日~23年11月12日】2年6ヶ月


2 裁判の基礎知識
裁判は4種類の役割(人物)がいないと成立しません。4つあげてください。
・「被告、裁判官・検察官・弁護人」を引き出し、板書する。
・それぞれ誰だったかを教え板書する。
しかし、裁判官については「 ? 」としておく。

『より深く学ぶために、裁判官は?にしておきます。推理しながら学習を進めてください』

・被告=戦争中の日本のリーダー、東条英機、松岡洋右など28人
    (「日本が裁かれたのと同じだ」と教える)
東条英機
【被告:東条英機】

・検察官=連合国十一ヶ国から
検察官キーナン
【検察官:キーナン(米)】
----------------------------------------------
検察官11人の国名
アメリカ・イギリス・フランス・オランダ・ソ連・カナダ・オーストラリア・ニュージーランド・中国・インド・フィリピン
----------------------------------------------
・弁護人=日本人とアメリカ人から
弁護人清瀬一郎
【弁護人:清瀬一郎】

・裁判官は「?」にしておく。

・『裁判の目的は、被告である日本を「平和に対する罪」と「戦争犯罪」という二つの罪によって裁くことにありました』


3 検察側の主張と弁護側の主張

『みなさんをこれからこの裁判の現場に連れて行きます。 なぜなら、みなさんは被告人の弁護人に選ばれたからです。キーナンが検察側の意見を読み上げますから、それをよく 聞いて(読んで)、被告人を弁護する意見をノートに書いてください』

・検察側意見をプリントして配る。
・教師がゆっくり読み上げる。反論できるところに線を引かせる。

『これは、2年半もの長い時間で戦われた検察対弁護のディベートを超要約したものです。省略したことはありますが、すべて検察が取り上げた内容です。』

『意見は「平和に対する罪」と「戦争犯罪」に分かれています。戦争犯罪は学習しましたが、平和に対する罪はまだおしえていません。その理由は後で教えますから、反論もこの2つに分けて書きますので、そのつもりでしっかり聞いてください』

****************************************

検察側の意見(連合国)

◆被告は有罪
 日本は、太平洋戦争において、「平和に対する罪」と「戦争犯罪」をおかしました。したがって、当時日本の指導者だった被告たちは、明らかに有罪です。

【平和に対する罪】

①日本はアメリカを攻撃し、平和をやぶった
 一九四一年の十二月八日、日本海軍の航空部隊がいきなり、ハワイの真珠湾にあったアメリカ海軍基地を攻撃してきました。それは、ここにいる被告たちの命令でひき起こされたのです。日本が攻めてこなければこの戦争は起きていないのですから、この戦争の全責任が日本にあることは明らかです。
 当時から世界の国々は、このような侵略戦争を禁止していました。日本はこの約束に違反して「平和に対する罪」をおかしたのです。
 しかも日本から「戦争を始める」という手紙が届いたのは、真珠湾攻撃(しんじゅわんこうげき)が始まった後でした。われわれは、このようなひきょうな不意打ち攻撃を、断じて許すことができません。

②日本は中国を侵略した
 日本の平和に対する罪は、中国への侵略にもあてはまります。侵略とは、理由もなく一方的によその国に攻めこんで、そこを自分のものにしてしまうことです。満州事変も日中戦争も、日本の戦争はすべて自分勝手で強盗のような戦争でした。

③日本は東南アジアにも侵略した
 さらに、日本は、イギリス・オランダ・アメリカの植民地だったビルマ・インドネシア・フィリピンなど、東南アジアにまで侵略してきました。そして、西洋諸国が築き上げてきたアジアの平和をやぶったのです。それは、東南アジアにおける西洋諸国の正当な権利をふみにじり、東南アジアを、自分たちの利益のために支配しようとして行われたものなのです。

【戦争犯罪】

●日本は戦争犯罪を犯した
 日本軍は、いたるところで戦争のルールをやぶり戦争犯罪をおかしました。中国や東南アジアのふつうの市民を殺したり乱暴したりしたのです。なかでも南京大虐殺はひどいものでした。何万人もの市民が、日本軍によって残虐に殺されました。これは、国際社会(こが決めた戦争のルールに違反した恐ろしい犯罪でした。
 それ以外(いがい)にも、日本軍の戦争犯罪はたくさんあります。日本軍が東南アジアを占領したとき、わが連合国の捕虜たちが日本軍によって虐待されました。フィリピンでは、大勢の市民が殺されたり、暴行されたりしました。
 これらの戦争犯罪に責任のある被告たちが、有罪であることは明らかです。
(資料終わり)
****************************************

『みなさんは被告の弁護人です。これまでの学習を生かして、検察にダメージを与える効果的な反論を考え、ノートに書きなさい(弁護側意見)』

・時間をかけて「弁護側意見」を書かせる。

・弁護論を発表させる。
その際、すべてを読ませるのではなく、「平和に対する罪」の①について、②について、③について、「戦争犯罪について」の4つに分けて、要点を発表させるようにする。

・教師はキーナンを演じ、ダメージを受けた演技をしながら進める。

・すべてのノートを授業後に回収して、全員に評価文を書くようにする。日本国民の立場に立って、わずかでも反論できていれば合格とする。

・なお、教師作成の「弁護側意見」を授業後に配布し、それを読んだ感想文は宿題とする。


4 判決

『みなさんの反論はかなりダメージを与えたようですね。もちろん清瀬さんはじめ弁護人たちは、アメリカ人も含めてとことんがんばりました。』

・ここでブレイクニー弁護人のエピソードを話す。

****************************************

【資料】ブレイクニー弁護人の話

ブレイクニー弁護人はこう発言しました。
弁護人ブレークニー
【弁護人:ブレークニー(米)】
「キッド提督の死が真珠湾爆撃による殺人罪になるならば、我々は広島に原爆を投下したものの名を挙げる事ができる。投下を計画した参謀長の名も承知している。その国の元首の名前も我々は承知している。………原爆を投下した者がいる! この投下を計画し、その実行を命じこれを黙認した者がいる! その者達が裁いているのだ!」(ブレイクニーの発言の一部)

しかし、この件りは日本語の速記録には「(以下通訳なし)」となって、長らく日本人の目から隠されていました。
もし日本語に通訳されていれば、法廷の日本人傍聴者の耳に入り、そのうわさはたちまち広がっていったでしょう。

・原爆について話すことも書くことも禁止されていたことは前時に学びました。

****************************************

『かなり弁護側優勢に見えますが、どんな判決が出たでしょう?予想してみましょう。
 
  A 全員有罪   B 全員無罪   C 有罪と無罪 』


・挙手で意見分布を取る。何人か理由を言わせる。
・判決を教える。
判決

【板書:全員有罪。死刑7名・無期懲役16名、禁固2名】
    (3名は判決除外・松岡洋右病死など)


・「デス・バイ・ハンギング(絞首刑)」と判決を告げられた。
・東条英機など授業で出てきた人物の刑を教える。
・死刑は1ヶ月後、昭和23(1948)年12月23日午前零時、わざわざ今上陛下のお誕生日を選んで執行されたことを教える。


5 裁判の不公正

『この裁判は、今日では正しい裁判ではなかったと世界中の国際法学者が認めています。その理由の主なものを3つ教えます。』

****************************************

東京裁判が「裁判」とはいえない理由

1 禁止されている事後法で裁いた
 「平和に対する罪」という罪状は東京裁判のために創作された法律です。誰かを殺すためにそれまでなかった法律を作って罪におとしいれることは禁止されています。それは法律や裁判の持つ正義にとって正反対のやり方だからです。
(「人道に対する罪」はドイツのユダヤ人虐殺にだけ適用され、
日本にも適用しようとしたが該当することが全くなかった)

2 裁判官11名は検察官11名とまったく同じ国(連合国)の人物だった
----------------------------------------------
裁判官11人の国名
アメリカ・イギリス・フランス・オランダ・ソ連・カナダ・オーストラリア・ニュージーランド・中国・インド・フィリピン
----------------------------------------------
・中立国に頼むこともしていない。
裁判長ウェッブ
【ウエッブ裁判長】

3 証拠採用のでたらめ 

・弁護側の証拠の多くが取り上げられず、検察側の証拠はあやふやな人から聞いた話、そのまた人から聞いた話も証拠として認めた却下資料
【「却下未提出資料集」】
                             
****************************************

6 東京裁判に対する批判

『このような不正な裁判を批判した意見や国民の行動を最後に教えましょう。
 今の日本には不正な裁判を正しいという意見もありますが、以下のことをしっかり読んで、この裁判の不当性をしっかり理解しておきましょう

『最初はパル判事(インド)の日本無罪判決です。11人のうち一人はインド人の裁判官で、11人のうちパル博士だけが被告全員無罪の判決文を書きました。膨大な判決文ですので要約と有名な一説を読みます』

・これは裁判でも読まれず、報道することも、出版することも、マッカーサーによって禁止され、国民は知ることができなかった。
・写真を見せる。
パル裁判官
【パル裁判官】
パル判決書
【パル判決書】
****************************************

資料:パル判事の無罪判決(要約)
 被告二十五名は全員無罪である。
 その理由は次の通りである。

1 日本の戦争には、侵略的な面もあったが、自分の国を守るという面もあった。
  戦かった両方に失敗があったのだから日本だけが悪かったとはいえない。

2 検察側が言う「日本の戦争犯罪」には、事実かどうか証明できないものが多かった。
  たしかに日本にも戦争犯罪はあったが、それらはここにいる被告たちが命令してやらせたものではない。
  戦いの現場で偶然に起きたことである。
  むしろその点では原子爆弾を落とせと命令したアメリカ大統領こそ裁かれるべ きであろう。

3 これは、裁判に名を借りた復讐である。
  日本は戦争に負けたことですでに十分に裁かれている。その上このような復讐を行うことは、これからの世界平和にとってかえって害になるのである。

「やがて長い時間がたち、世界の人々が、復讐心ではない公平な見方で歴史を見ることができるようになった時には、「連合国は正義であり、日本は悪だった」と決めつけたこの裁判が正しい歴史の見方ではなかったことが理解されるようになるであろう。」

****************************************

『2つめの批判は、なんとパルさんの判決を闇に葬ったGHQのマッカーサー司令長官です。彼は、後にアメリカの議会で「日本の戦争は安全保障上の必要に迫られて起きた」と証言しました。日本の戦争を「侵略戦争」であり、「平和に対する罪で有罪」だとした自分の行いを、この証言は否定していると解釈してもいいと思います。マッカーサーも占領が終わってやっと真実に目覚めました。
・資料を配る。 

****************************************

資料:マッカーサーのアメリカ議会証言
マッカーサー

 アメリカは日本を閉じ込めたのです。日本が抱える八千万人に近い膨大な人口は、四つの島に詰め込まれていたということをご理解いただく必要があります。
そのおよそ半分は農業人口であり、残りの半分は工業に従事していました。
(中略)
彼らは、工場を建設し、労働力を抱えていましたが、基本資材を保有していませんでした。
日本には、蚕を除いては、国産の資源はほとんど何もありません。
彼らには、綿が無く、羊毛が無く、石油製品が無く、スズが無く、ゴムが無く、その他にも多くの資源が欠乏しています。それらすべてのものは、アジア海域に存在していたのです。
これらの供給が断たれた場合には、日本では、一千万人から一千二百万人の失業者が生まれるという恐怖感がありました。
したがって、彼らが戦争を始めた目的は、主として安全保障上の必要に迫られてのことだったのです

****************************************

『大東亜戦争は日本が「安全保障の必要に迫られて」始まった。
つまり、これは日本が主張し続けている「自衛戦争」とまったく同じ意味だとは言えないかもしれませんが、かぎりなく近い言葉です。
すくなくとも、「世界征服をめざして侵略していった」という東京裁判の根拠を、命令した人が否定していることはたしかですね』

・ここで、後に、ウェッブ裁判長は「東京裁判は誤りであった」と言い、キーナン主席検事さえも「「東京裁判は公平ならざる裁判だった」と表明していることも教える。

『最後は日本国民がこの裁判にどんな態度を示したか、です。これは国民代表の国会議員の皆さんが、明確な結論を出しました』

****************************************

【資料】戦犯を赦免する国会決議(日本国民の意志)

●昭和27年(1952年)に発効したサンフランシスコ講和条約では「戦犯」の赦免や減刑については、「判決に加わった国の過半数が決定する」と定めていたので、全国で戦犯釈放運動が広まり、当時の成人のほとんどいってもよいくらいの4000万人(当時の日本の人口は8454万人)もの署名が集り、その署名運動により、昭和28年に戦犯の赦免に関する決議が国会で、社会党や共産党まで含めて一人の反対もなく決議された

●その結果、11ヶ国の同意を得てA級戦犯は昭和31年に、BC級戦犯は昭和33年までに赦免し釈放された。すでに処刑されていた戦犯は「法務死(戦死)」とされた

・1952年(昭和27年)6月9日参議院本会議にて「戦犯在所者の釈放等に関する決議」
・1952年(昭和27年)12月9日衆議院本会議にて「戦争犯罪による受刑者の釈放等決議」
・1953年(昭和28年8月3日衆議院本会議にて「戦争犯罪による受刑者の赦免決議」
・1955年(昭和30年)7月19日衆議院本会議にて「戦争受刑者の即時釈放要請決議」

●以上の決議はすべて、全会一致。社会党・共産党も賛成した。

****************************************
『このように、現在の日本には「戦犯」はいません。民主主義の手続きによって国会が決議しているからです』


6 まとめ

・東京裁判は裁判とは認められていないので、この被告になった人々を「戦争犯罪人」と言って、差別するのは正しくありません。

・もちろん彼らは当時の日本のリーダーですから、戦争に勝てなかったこと、その他、誤った選択をしたことは当時の日本の国民に対して責任があります。その判断の正しさや誤りは、日本人が日本人の手で学問的に事実に基づいて考え続け、歴史の教訓にしていかなければなりません。しかし、戦争に負けたリーダーの国家国民に対する責任を追及するとしても、彼らは決して法を犯した犯罪者ではありません。国のために戦い命を捧げた人々(もちろんリーダーたちも含む)を「戦犯」などと言ってはなりません

・次の資料は、授業後に配り授業全体の感想文を宿題にする。

****************************************

【資料】 弁護側の意見

◆この裁判はルール違反(いはん)だ
 国際社会のルールでは、戦争は犯罪ではありません。また、戦争を指導した個人を犯罪者として裁くなどという話は聞いたこともありません。だから、この裁判そのものがルール違反なのです。もし裁判を続けるとしても、この戦争の責任がすべて日本だけにある、という検察側の主張は認められません。弁護側は、被告(ひこく)全員の無罪を主張します。

【平和に対する罪】

①日本は自衛戦争を戦った
 たしかにアメリカのハワイを先に攻撃(こうげき)したのは日本です。
 しかし、それは自分の国を守るための戦いであり、パリ不戦条約も国を守る自衛戦争は禁止していません。わが国は資源にとぼしく、西洋諸国のようにたくさんの植民地もありません。貿易しなければ生きていけない国でした。その貿易の道を閉ざして、日本が生きていけないように追いこんだのは、アメリカをはじめとする連合国のほうなのです。日本は、生きるために、やむなく戦争という手段にうったえたのです。この戦争の責任は、日本をそこまで追いつめたアメリカにあるのです。
 また、日本には不意打ちの攻撃をする考えはありませんでした。「戦争を始める」という手紙は、攻撃が始まる前に届くように送られていました。それが遅れたのは偶然の結果であり、ここにいる被告たちの責任ではありません。

②中国にも責任がある
 中国との戦争についても同じです。わが国が日露戦争で手に入れた南満州鉄道や鉱山を経営する権利、そこで日本人が生活する権利(けんり)などは、中国が条約で認めた正当な権利でした。それが中国人によって攻撃されたり、日本人が殺されたりしました。満州事変はこの日本の権利と日本人の命を守るために始まったのです。
 また日中戦争は中国軍が始めた戦争であり、日本は受けて立っただけなのです。和平の機会が何度もつぶれて長引いたことは、日中両国が反省すべきですが、この戦争を日本の一方的な侵略戦争だと決めつける検察側の主張はみとめることができません。

③日本は東南アジアを欧米の植民地から解放した
 日本は、東南アジアを支配していたイギリス・オランダ・アメリカと戦い、彼らを東南アジアから追い出しました。東南アジアの人々は、この戦いによって独立国になれる可能性(かのうせい)が出てきたことを喜びました。だからこそ、インド・ビルマ・インドネシアなどの独立運動家たちは、日本軍と共に戦ったのです。この戦争は、アジアに独立したアジア人による秩序をつくり出すための戦いでした。日本は、東南アジアを自国の領土にしようとして戦ったのではありません。

【戦争犯罪】

●すべての国が戦争犯罪を犯した
 南京大虐殺は事実とちがうので認めませんが、わが国の軍隊もときにルールを守らなかったことがあったことは認めましょう。しかし、それは戦いの混乱の中で起きたことであり、被告たちが命令したことではありません。戦争犯罪は、日本だけが犯したあやまちではありません。連合国もまたその罪から逃れられないのです。東京大空襲が市民の大量虐殺であったことは明らかです。また原子爆弾ほど人の道に反した戦争犯罪があるでしょうか。さらにソ連は、戦争が終わった今もなお、日本人捕虜をシベリアで虐待しています。これらの戦争犯罪は、誰が裁くのでしょうか。

****************************************
スポンサーサイト

アメリカに占領された日本

◆御礼◆
『授業づくりJAPANの日本が好きになる!歴史全授業』をご注文いただきありがとうございました。
-------------------------------------------------------------------
本の表紙3

◆本書には、授業づくりJAPANが研究実践してきた歴史授業(歴史入門・
古代から現代まで)が、どなたでも追試できるように書かれています。
◆本書をの授業を追試すれば、だれでも、楽しく・心にしみる・感動のあ
る授業ができます。
◆子供たちがよく考え、活発に話し合う授業ができます。
◆クラスのほとんどが歴史好きになり、最後は日本が大好きになります。
◆これまでまったく無視されてきた学習指導要領の教科目標が必ず達成で
きます。用語の暗記や講義一辺倒の授業と決別し、歴史教育の王道に帰り
ましょう。
(小学校の目標)
「我が国の歴史や伝統を大切にし、国を愛する心情を育てるようにする」
(中学校の目標)
「我が国の歴史に対する愛情を深め、国民としての自覚を育てる。」

◆また、次のような教科教育を超えたすばらしい効果もあります。
 それは、子供たちが日本人としての健康な自尊感を持つことです。
 自尊感は子供たちの心を安定させ、公共心を育み、学習意欲と向上心
のスイッチを入れます。
 これは学級経営全般に大きな効果があります。

本屋さんでは売っていません
 お求めいただける方は、斎藤武夫(授業づくりJAPANさいたま代表)
までご連絡ください。
 郵送しますので、2000円+送料は後払い(郵便振替)でお願いします。

《連絡方法》 
Facebookでメッセージをください
・または、メールをください。
 saitotakeo@jcom.home.ne.jp
・または、お手紙をください。
 〒337-0041 さいたま市見沼区南中丸230-3  
                          斎藤武夫

《連絡内容》
(1)お名前 
(2)ご住所
(3)電話番号  
(4)冊数  
(5)メールアドレス
(6)教員種別または一般の別  


-----------------------------------------------------------------

◆「第5回《教師のための》斎藤武夫先生の歴史授業講座」◆
・本書の全授業を具体的に解説し、より有効な追試を可能にする講座です。
 4月から11月まで、毎月実施しています。

・9月5日(土)12:45~17:00  会場:千葉県船橋市勤労市民センター

 内容:「近代日本の国づくり 2」
   授業42「王政復古と江戸城無血開城 」~授業53「近代日本、国づくりの完成」(12時間分)

・会費:3000円

・講座では資料CD や動画DVDを差し上げています。そのまま授業で使えます。
資料CDは授業で使える画像・文字資料・授業用PowerPointスライド(全授業分)です。
どなたでもすぐに全授業ができます。

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■
★メルマガ
 「授業づくりJAPANの『日本人を育てる授業』」
  の購読申し込みをお願いします。
★メルマガ授業づくりJAPAN★
授業づくりJAPANの日本人を育てる授業 
     ↑クリックしてアドレスを入れてください。

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■

教育・学校 ブログランキングへ
クリックお願いします!



№66
世界の中の日本 13  【 昭和 9 】
「アメリカに占領された日本」


【授業の意図】
・占領された6年9ヶ月の間、日本はGHQ(占領軍総司令部・General Headquarters)に支配され、歴史上初めて国家の独立を失った。その間、GHQは日本の政治を支配し、言論の自由を奪い、大日本帝国憲法および日本が自力で創造してきた民主主義の歴史を否定した。これまで「民主化」と言われてきたことの真実を教える。
・もちろんGHQのやったことの中には肯定できることもあるが、その多くは占領軍の支配がなくても、大正デモクラシーの延長上で到達できたことだった。いまや、GHQ占領時代の否定的側面を教えることが、日本および日本人の未来を切り開くと信じる。それは、これまで日本人に隠されてきたことであり、マスコミと教育によって言論統制されてきたことである。まずは、それを知ることが日本を取り戻すことにつながると考える。

【授業の流れ】

1 アメリカ軍が日本を支配した

『戦争に負けて日本はこうなりました。』
マッカーサーと天皇
【マッカーサーと昭和天皇】
・連合国軍総司令部(GHQ)というが実質はアメリカの単独支配になった。
総司令官はダグラス・マッカーサー陸軍元帥。
『戦争が終わりもう空襲はありません。負けたことは悔しいけれど、悲しいこともいっぱいあるけれど、戦争が終わって国民に安心が戻りました。そんなある日、新聞で日本人はこの写真を見ました』

写真をよく見て、当時の日本人が思ったことを想像してみてください。

・想像したことを発表させる。
【くやしかった。平服のマッカーサー、直立不動の天皇とマッカーサーのくだけた態度】

『戦争に負けたら何をされても仕方が無いと考えてはいけません。戦争にもルールがあったように、国際社会にも文明のルールがあるのです。日本もまたりっぱな文明国です。日本はポツダム宣言の条件を受け入れましたが、それ以外を強制される理由はありません』

2 降伏文書調印と「改革」
停戦協定調印
・1945年(昭和20年)9月2日、戦艦ミズーリ号飢えで日本と連合国とが休戦協定を結んだ。
①日本軍の武装解除。
②日本はポツダム宣言に従う。
③天皇・政府・公務員はマッカーサーの命令に従う。
・調印国:アメリカ・中国・イギリス・ソ連・オーストラリア・カナダ・フランス・オランダ・ニュージーランド
・ポツダム宣言に決められたことを解説する。

*****************************

【資料】ポツダム宣言の4つの柱

①日本軍を破壊し、リーダーを追放し、戦争犯罪人を処罰する。
②日本が武力や条約で領土としたところを取り上げる。
③大正時代の民主主義を復活させ、言論表現の自由・基本的人権を尊重する。
④経済は日本が賠償金を払えるくらいに保持する(小さな農業国にする)。

****************************************
・解説し、質問を受けながら、降伏条件を理解させる。

『これが日本の降伏条件でした。GHQは日本国民を直接支配せず、日本政府を支配しました。国民には、日本政府があるように見えましたが、すべてはGHQの命令にもとづく政治でした。それが6年9ヶ月続きました。2000年以上の長い歴史の中で、日本が外国に支配されたのはこの占領期間だけです』

・いわゆる「戦後改革」の概要を教える。

①のために行われたこと
・大日本帝国陸海軍は解体され日本を守る軍隊はつくらせなかった。使える兵器はすべて奪われた。
・東京裁判(これは次の時間にくわしく教えます)
・公職追放(日本のすべてのリーダーは追放された。公務員・教師・マスコミなどには、GHQの言うことを聞く人しかなれなくなった)
・日本国憲法(若いアメリカ軍人-法律の素人-が2週間で、コピペで作った憲法。日本は自衛権もなくなった。天皇陛下が君主(象徴)だが、「国民主権」とあり、立憲君主制と共和政がごちゃまぜだった。非常事態を想定していないから国家の危機には対応できない。アメリカの悪意のためたくさんの欠陥があり「憲法改正」が急がれる)

②のために、日本の領土は、九州・四国・本州・北海道と周囲の島々だけになった。

③のために行われたことの多くは、大正時代から日本が準備してきたことだった。
すでに閣議も通っていたこと(婦人参政権・農地改革・労働組合など)がある。
教育のアメリカ化がすすめられ、治安維持法が廃止された。このため共産主義者がGHQと手を組んで日本を滅ぼそうとし始めた。そのために日教組がつくられた。

④のために財閥解体が進められた。研究施設や工場が破壊され、多くの機械がスクラップにされて中国や米英蘭の植民地に送られた。日本の工業はつぶされるところだった。
・その他、国号は「日本国」になり、国旗「日の丸」と国歌「君が代」は禁止された。
日の丸
【掲揚を禁止された日章旗】
代用商船旗
【代用商船旗】

3 アメリカ軍の占領目的を考える
『GHQは民主主義・自由主義と言いながら、実際は軍事力で日本を支配した独裁権力でした。これは軍隊の権力ですから、占領日本はまさにアメリカ軍国主義に支配された国でした』

GHQ権力が軍国主義だったことをはっきりと示すことがあります。それは自由で民主的な権力なら平常時にはやらないことをやり続けたからです。それは次のどれでしょうか?
 A 検閲   B 国民へのスパイ行為  C 政治宣伝(プロパガンダ)



・意見分布を調べる。
【正解は、A・B・Cのすべてです】

『では、それぞれの実態を調べていきましょう』

(A)検閲(メディアを支配する)
GHQに消された本
【GHQに消された本】
・新聞・雑誌・本など、すべての出版物を検閲し、GHQが禁止した内容が活字になるのを許さなかった。ラジオも。また図書館からたくさんの本を盗み出してこの世から消した。

・戦争中に軍も検閲をしたが、それは日本が勝つためにマイナスになることを国民の目に触れさせないためだった。それも、活字の部分を×(伏せ字)で埋めて、読者には検閲が行われたことを教えていた。

・しかし、GHQの検閲は、すべて秘密にされ、消された文は別の文で埋められ、消された記事はすべて別の記事で埋められた。読者には検閲が行われていることがまったくわからなかった。国民がそれを知ったのは、江藤淳『『閉された言語空間 占領軍の検閲と戦後日本』(文藝春秋・1989)によってだった。占領が終わって40年もたっていた。

『GHQは次のような真実を話したり書いたりすることを禁止しました』

****************************************

【資料】GHQの検閲指針(具体例を示したもの)

★日本人が以下のことを話したり書いたりすることを禁止する。
・GHQが天皇陛下の命を人質にとって日本を支配しているという真実。
・東京裁判は不公平で正しくない裁判だという真実。
・日本国憲法はアメリカ人が書いたという真実。
・GHQが検閲・盗聴・手紙の開封・ウソの宣伝をしているという真実。【消された文章】
・連合国も原爆投下や市民の大量虐殺などの戦争犯罪をおかしたという真実。
・中国軍が残虐なことやウソの宣伝をしたという真実。
・朝鮮人が犯罪や暴動を起こしているという真実。
・満洲にいた日本人を虐殺したりしたという真実。
・連合国が世界の有色人種を植民地支配し虐殺していたという真実。
・自由主義アメリカと共産主義ソ連が冷戦を始めているという真実。
・日本の戦争は自衛戦争であり、アジア解放という意味があったという真実。
・日本は神話の時代から続く天皇中心の国であり、誇らしいという真実。
・日本軍には武士道の伝統があり、とても強かったという真実。
・日本の文化や歴史がすばらしいもので、世界に誇れるという真実。
・大東亜共栄圏は「アジア人のためのアジアをつくろうとした」という真実。
・当時起きていた植民地の独立戦争の真実。
・その他、日本はいい国だということなど。
・戦争犯罪人にされた日本人は無罪だと弁護すること。
・アメリカの兵隊が日本女性の人権を侵し乱暴をしたという真実。
・闇市を朝鮮人が不法に支配しているという真実。
・占領軍の兵士がたくさんの犯罪をおかしているという真実。
・日本人の多くが飢えに苦しみ、餓死者がたくさん出ているという真実。
・「GHQの支配は間違っているから反乱を起こそう!」とよびかけること。
・GHQが禁止していることを報道すること。
GHQの検閲
【GHQの検閲の例】

***************************************

・占領時代は真実を言ったり書いたりする自由がなかったことがわかる。
占領下の日本には言論の自由・表現の自由が無かった。これはポツダム宣言に明白に違反している。
最もかんじんな自由(人権)が否定されているのだから、このとき日本には民主主義・自由主義はなかったのである。だからこの時代に進められたことを「民主化」というのは正しくない。

『これらの真実を言ったり書いたりすることはすべて禁止され、きびしく監視されました。違反した新聞社や出版社は発行禁止にされ、大変な損失になるので、朝日新聞や岩波書店など日本の新聞や出版社はみなGHQの言うことを聞き、自分から進んで、禁止されたてしまった真実を国民に伝えないようになりました。これを自己検閲と言います』

(注)GHQはある時期から検閲を事前から事後に変えた。これがメディアによる自己検閲の始まりだった。事前検閲なら命令されたところを削除して入れ替えればいい。しかし、事後検閲で違反を問われたらどうなるか。発行停止になる。これが続けば会社の経営は持たない。そこで、メディアは米軍の先回りをして自己検閲し、その自己検閲はGHQの検閲よりも過剰なものにななっていった。

 このなかには今でもメディアの自己検閲が続いていて、テレビでは報道されず、新聞記事にもならないものがあります。また政治家が言うとメディアが騒いでその政治家や役人がクビになってしまうものがあります。たとえばどれでしょうか? 探してみましょう。

・発表させる。
【東京裁判への批判、歴史の真実を言うこと、日本は言い国だと言うこと、中国・韓国への批判など】

 この点ではまだ日本がアメリカ軍(連合軍)に支配されている状態であると言える。


(B)日本国民へのスパイ活動
・毎月400万通の手紙を湯気で開けて読み、また封をして送った。
・毎月2500件の電話を盗聴した。
・それでチェックされたGHQに都合の悪い人物は追放された。
・これを手伝って高給を得ていた日本人がいたことを教える。
同胞を検閲した日本人
【GHQに雇われた日本人が手紙を開封してスパイした。皇室の手紙も例外ではなかった】

(C)政治宣伝(プロパガンダ)・・・4つの日本人洗脳作戦

『検閲とスパイだけではありません。綿密な作戦を立てて日本人洗脳作戦を実施しました。洗脳とは「brainwashing」の翻訳です。中国共産党が拷問・薬物・精神的圧迫などでアメリカ兵や日本兵の記憶を消したり違う記憶を植え付けたりして共産主義を信じさせ、スパイや工作員に使いました。この作戦では、それをアメリカ軍がまねたのです』

・資料を読んでアメリカの作戦を知りましょう。

****************************************

【資料】アメリカの四つの政治宣伝(プロパガンダ)

政治宣伝①「太平洋戦争史」
 アメリカが書いた「太平洋戦争史」を新聞に連載した。
 まず「大東亜戦争」という正しい戦争名を消した。
 そして、この戦争は日本が一方的に悪い軍国主義で、アメリカは正義の自由民主主義で、悪いことはみな日本軍、いいことはみなアメリカ軍という歴史でした。
 そんなのにだまされるもんかと笑うかもしれませんが、検閲のために日本人は7年間も太平洋戦争史しか読めませんでした。
 日本の言い分は7年間どこにもありませんでした。
 どうですか、皆さんの教科書には「大東亜戦争」と書いてありますか?
 「太平洋戦争」と書いてありますか?
 アメリカの作戦は成功し70年後の今も日本人の洗脳はとけていません。

政治宣伝②NHKラジオ放送「真実はかうだ(こうだ)!」「真相箱」など
 GHQの指示で台本も書かれ、すべて日本軍が悪かったことにされていた。
 太平洋戦争史よりはどぎついドキュメンタリー調でつくられ、人物の会話でわかりやすく伝えられた。
(番組の例)
「日本人は大本営や軍部に巧みにだまされて、戦争に駆り立てられたのだ。 米国はこの気の毒な日本人を救うために、日本の軍部を叩きのめして、いかにこの戦争が無益なものであったかを思い知らしめるために、止むを得ず原子爆弾を使わなければならなかった。 従ってすべては日本の軍部の責任であり、憎むべきは日本の軍部であることを、 日本人は今こそ自覚しなくてはならない・・・・・・」
 これでわかるように、軍部が悪かった、国民とアメリカは悪くない。国民は一方的な被害者なんだから日本軍を憎みましょうという作戦だった。当時の国民は全くだまされなかったが、この考え方が学校で教えられ、マスコミで流され、真実を知る国民は歳をとって死んでいきました。
 テレビも新聞もいまはこの番組と同じ報道をしています。
真相箱と太平洋戦史
【「真相箱」の台本と「太平洋戦史」】


政治宣伝③東京裁判
*これは次の授業でくわしく取り上げます。

政治宣伝④教育による洗脳と支配
 GHQがいちばん重視した日本人洗脳作戦は「教育改革」でした。
 子供がやがて日本国民になるからです。
 戦争が終わって子供たちは勉強に飢えていました。
 子供の心もノーミソもまっさらでした。
 教えられたことは砂にしみこむ水のように効果的に身につきました。

----------------------------------------

日本の学校で教えることを禁じられたこと・言葉
スミ塗り教科書
 【GHQの教科書ができるまでの間使われた墨塗り教科書】
・禁止され言葉や表現を墨で黒く塗り、読めないようにした。

[言葉]
「神の国日本」「国家」「わが国」「愛国心」
「明治維新」「吉田松陰」「東郷平八郎」「豊臣秀吉の統一」
「大東亜戦争」「英霊(えいれい)」など戦死された方を尊敬する言葉、
「日本の美しい自然」「美しい日本人」など日本をほめる言葉など(教科書を墨で消された)

[こと]
日本の神話、神社への寄付、国旗「日の丸」、国歌「君が代」、映画「時代劇」、歌舞伎(かぶき)
日本のために戦死した方の冥福(めいふく)を祈る式をすること、
学校で整列すること、「起立・礼」の号令、整列して行進すること、
道徳の授業、日本歴史の授業、
柔道・剣道・薙刀(なぎなた)の授業、
アメリカ兵の犯罪があると教えること、占領軍の批判、占領軍が政治を決めていると教えること、
東京裁判の公正でなく裁判ではないと教えること、
原爆や東京大空襲などアメリカ軍の戦争犯罪についてのあらゆる事実を教えること、など。

[日本の学校で教えることをすすめられたこと]
天皇陛下を批判すること、目上の人を批判すること、先祖を批判すること、
日本を批判すること、日本の歴史を悪くいうこと、日本文化は封建的で遅れていると言うこと、
日本のために戦って命を落とした英雄(英霊)を悪く言うこと、等々。

----------------------------------------

 歴史や道徳(修身)を教えることは禁止されました。
 道徳はいまでも教科ではありません。
 また、天皇陛下を尊敬することも禁止しました。これも今でも続いていて天皇陛下を「天ちゃん」と言ったり、「天皇」と呼び捨てにしたりしている先生方が小中学校にはたくさんいます。 
 これまで日本の歴史を学んできた皆さんはその間違いがよくわかると思います。

 また、国旗・国歌を憎んでいる先生もいますね。
 卒業式に日の丸を掲げない学校や君が代を歌わない学校があるそうです。
 すべて占領軍の洗脳がとけず日本人ではなくなっているのです。
 ほかにも、すばらしい日本の自然や偉人、日本の文化を教えることも禁止されたのですね。
 とにかく日本はいい国ではなくダメな国と教えるしかなさそうです。

 こういう教育を受けた子供が有権者になる教育を、日本はもう70年間もやってきました。
 GHQの作戦が見事に成功しましたね。(資料終わり)

****************************************

・最後に次の発問をする。

アメリカは7年間の占領時代、実はまだ戦争は続いているのだと考えていました。ですから、このA(検閲)、B(スパイ)、C(政治宣伝・教育支配)の3つは日本占領という「第2の戦争」に勝利するためのアメリカ軍の大作戦でした。
アメリカはこの作戦で日本および日本人をどうしようとしたのでしょうか?
日本人がどうなればアメリカの真の勝利なのでしょうか?
ノートにまとめてみましょう。


・ノートに書かせ、発表させる。
・以下の資料でアメリカの日本弱体化作戦の内容を教える。

****************************************

【資料】WGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)

「日本人に、この戦争に対する罪の意識を植え付ける洗脳作戦」、
目的は「誇り高い日本人の精神を次のように弱体化すること」でした。

【この作戦で洗脳された日本人の心】
戦争はすべて日本が悪かった。
日本軍だけが残虐なこと・悪いことをした。
アメリカや中国やソ連は正義の国だった。
ほんとうに世界人類に対して申し訳ないことをしてしまった。
原爆を落とされてもしかたがない。
原爆や東京大空襲は日本軍のせいなのだから、敵ではなく日本軍を批判すべきだ。
戦争以外でも、日本は本当にダメな国だ。
日本文化なんて封建的で遅れている。
日本人に誇れるものは何もない。
だから日本には侵略され、攻撃されても、戦う権利もない。
これが平和主義だ。
悪い日本が戦争しなければ世界は平和なのだ。
もし攻撃されたら、日本人は死んだほうがいい。殺すより殺されたほうがいいのだ。

****************************************

『アメリカの日本占領作戦は、日本人にこのような罪悪感と反日的な心を育て、次のような作戦目標を完璧に実現することでした。』

日本を二度とアメリカと対等な国にしない。弱い勇気のない卑怯な日本に改造する。

・感想文を書かせて授業を終える。

戦争犯罪と日本の敗戦

◆御礼◆
『授業づくりJAPANの日本が好きになる!歴史全授業』(授業づくりJAPANさいたま)をご注文いただきありがとうございました。
7月4日の発行以来1ヶ月で、北は北海道から南は沖縄石垣島まで、およそ400冊を発送させていただきました。その中にはたくさんの小中高校の教職員の方が含まれていました。これほどたくさんの先生方が歴史教育のことを真剣に考えていらっしゃることがわかり大変勇気づけられました。
学習指導要領の目標を実現できる歴史教育が、全国の義務教育学校に広がっていきますことを願ってやみません。
少しでも前進できますよう、たくさんの力を合わせて参りたいと思います。
またほんしょについてのご意見ご感想をお寄せいただけますよう心よりお願い申し上げます。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。


■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■
★メルマガ
 「授業づくりJAPANの『日本人を育てる授業』」
  の購読申し込みをお願いします。
★メルマガ授業づくりJAPAN★
授業づくりJAPANの日本人を育てる授業 
     ↑クリックしてアドレスを入れてください。

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■

教育・学校 ブログランキングへ
クリックお願いします!


№65
世界の中の日本 12  【 昭和 8 】
「戦争犯罪と日本の敗戦」


【授業の意図】
・用語「戦争犯罪」を教え、第二次世界大戦中最悪の戦争犯罪が、日本の全国諸都市への無差別爆撃(東京大空襲など)と2発の原子爆弾投下だったことを教える。シベリア抑留の捕虜虐待も取り上げたいがここでは省略した。
・日本がポツダム宣言を受け入れて降伏し、停戦協定が結ばれたことを教える。
・この授業は、服部剛先生(横浜)の3つの授業「東京大空襲」「日本が降伏しなかったから原爆を落とされた?」「戦争犯罪」(自由主義史観研究会HP)に基づいています。

【授業の流れ】

1 戦争犯罪

『昔は(ある意味では今も))政治的な紛争が外交交渉で解決しない場合は、最後の手段として戦争で解決する、というのが国際社会のルールでした。戦争とは国と国とが正々堂々と戦う決闘でした。しかし、それがヨーロッパではどんどん堕落していきました。そこでルール(戦時国際法)が作られ、それを違反したら「戦争犯罪」として裁くことになりました』

 戦争でやってはいけないこととは何でしょうか? 
書き出してみましょう。


・発表させる。
・板書して説明する。

・板書:戦争犯罪
 ・捕虜は虐待してはならない。
 ・民間人を殺害してはならない。
 ・民間人ではないとわかる制服を着て、指揮官の命令で戦わなければならない。
 ・民間人のふりをして攻撃した者は死刑にしてもよい。
 ・非人道的な兵器の使用を禁止する(毒ガスなど)。


国家の命令で行われる戦争は国際社会において犯罪ではない。戦死は殺人事件ではなく、国のために戦った軍人は殺人者ではない》という世界の約束を教える。

『しかし、戦場の混乱や異常な精神状態の中で、戦争犯罪はしばしば起こりました。』
・「資料:チャールズ・リンドバーグの証言」を読ませる。
****************************************

【資料】チャールズ・リンドバーグの証言

・アメリカ軍の兵士たちは、投降した日本兵や捕虜を射殺することを何とも思っていない。彼らは日本人を動物以下のものとして取り扱っている。

・オーストラリア軍もっとひどい。捕虜を機上から突き落とし、ジャップは途中でハラキリ(切腹)をやっちまったと報告した。

・一旦捕虜にしても英語が分かる者は尋問のため連行され、出来ない者は殺された。

・捕虜にしたがらない理由は、殺す楽しみもさる事ながらお土産を取るためであった。アメリカ兵は金歯、軍刀はもとより、大腿骨を持ち帰りそれでペン・ホルダーとかペーパーナイフを造る、耳や鼻を切り取り、面白半分に見せびらかすか、乾燥させて持ち帰る、中には頭蓋骨まで持ち帰る者もいた。
images.jpg
*雑誌ライフの表紙

・日本人を動物以下に取扱い、それが大目に見られている。我々は文明のために戦っているのだと主張しているが、太平洋戦線
を見れば見るほど、文明人を主張せねばならない理由がなくなる。

・リンドバーグがナチスの集団虐殺現場を見学した時の感想。
「どこかで見たような感じ、そう南太平洋だ。爆撃後の穴に日本兵の遺体が腐りかけ、その上から残飯が投げ捨てられ、待機室やテントにまだ生新しい日本兵の頭蓋骨が飾り付けられているのを見たときだ。ドイツはユダヤ人の扱いで人間性を汚したと主張する我々アメリカ人が、日本人の扱い方で同じようなことをしでかしたのだ」      
(『リンドバーグ第二次大戦日記』より要約)

****************************************

『アメリカ軍が残虐だったことがわかります。しかし日本軍も戦場の混乱中では、捕虜を正しく扱えなかったこともありました。アメリカだけでなく、どの国の軍隊でも、戦場の混乱の中で多かれ少なかれ戦争犯罪はあったと考えた方がいい。ただ、敵兵の骨や頭蓋骨を飾るという趣味は日本にはありませんね。人間がやることは(いいことも悪いことも)その民族や国家の伝統や歴史からくる民族性に縛られています。』

2 アメリカの戦争犯罪

『しかし、大東亜戦争では、アメリカやソ連の指導者や軍隊のトップみずからが計画を立て、確信犯的に、組織的に実行された戦争犯罪がありました。それは戦場の異常な精神状態の中で個々の兵士が犯してしまった戦争犯罪とは、まったく意味の違う戦争犯罪でした』

  それは、どんな戦争犯罪だったでしょうか?

・発表させる。

・「一般市民の大虐殺」として大都市無差別空襲(東京大空襲など)と2発の原子爆弾投下を教える。「捕虜の虐待」としてソ連によるシベリア拉致および強制労働を教える。

(1)東京大空襲

・昭和20(1945)年3月10日、B29(空の要塞)344機により、焼夷弾1667トンが一般住民が集中していた下町一帯に投下された。
死者10万を超える大量虐殺は、1日の虐殺としては、ドイツのドレスデンを爆撃したときの死者3万5000をはるかに上回る史上最大のものだった。

・資料を読ませる。
****************************************

【資料】東京大空襲とは何か

昭和20(1945)年3月10日夜、東京の下町一帯がアメリカ軍B29 (344機)の空襲を受けました。
焼夷弾という新型爆弾(ゼリー状のガソリンが本体)1667トンが落とされました。
空爆が開始されると、おりからの強風で東京の下町はたちまち火の海となりました。
逃げまどう人々を襲う想像を絶する火勢。高熱から発する強力な熱線で、髪毛や衣服が自然に燃え出し、多くの人々は焼け死んでいきました。
街は火の海になり、26万7000戸が灰にされ、約100万人が焼け出され、約10万人の市民が虐殺されました。
これほどの戦時大虐殺は世界の歴史で初めて最悪の戦争犯罪でした。

この大虐殺はアメリカ軍の司令部の命令で計画され、指揮官はカーチス・ルメイ将軍です。
ルメイ

ルメイは日本家屋が木と紙でできていることから大火事にすれば大量に殺せると気づきます。
アリゾナ砂漠で焼夷弾による実験を行い作戦に自信を持ちました。
また江戸時代の大火事が3月上旬の北風の夜に多いことから爆撃の日時を決めました。
3月10日は陸軍記念日で田舎に疎開していた子供たちがみな帰って来ていました。
子供の死者が多いのはそのためでした。

ルメイはこういう作戦を立てます。
1 隅田(すみだ)川や荒川の堤防沿いに焼夷弾を落として炎の壁を作り人々の退路を絶つ(1機あたり24個の集合焼夷弾を15メートル間隔で落とし、X状の火の壁を作る)。
2 隅田川と荒川放水路の南北のラインを火の壁にする。
3 東西のラインも火の壁を作り住民を完全に包囲する。
4 地上を嘗めるように(1800m以下の低空爆撃)焼夷弾を落とし焼き尽くす。

東京大空襲

ルメイはこう言っています。「これでやれば、ジャップ7万人以上を炎の中で昇天させ、約20万戸を全焼させることができよう!」
これを部下に説明したときです。「こんな広い地域に軍事工場がびっしり集まっているのですか?」と質問が出ました。
「イエス。ジャップが固まって住んでいる。人口は120万人を越えるだろう」ルメイの即答に満場が騒然となりました。

****************************************

ルメイの作戦を聞いた将校たちは、なぜ部下たちは騒然となったのでしょう?
A 素晴らしい作戦だと思ったから   
B 難しく不可能な作戦だと思ったから
C やってはいけない作戦だと思ったから


・人数分布を取り、理由を言わせる。
・正解は、Cです。パイロットたちはこれが市民の大量虐殺だとわかったのです。
****************************************
ルメイは部下の質問にこう答えています。

「今更、何を迷い事を言うか。先刻、答えたとおりだ。この際はっきり言っておこう。ジャップの民間人は男はもちろんのこと、女・子供まで我々を殺す兵器を造っているのだ。それに、女性どもも武装し、少年らも軍服に似た学童服を着て学校で軍事訓練を受け、戦う軍人を目指して成長しつつあるのだ。これは明らかに戦力ではないか。蟻(あり)の如(ごと)き勤勉性と集団性をもって、我々に刃向かって来るジャップは皆、敵である。焼いてしまうに限る!」
ルメイの勢いに、もはや誰も反論しませんでした。
東京大空襲2

東京大空襲の大成功に喜んだルメイは、攻撃の手をゆるめませんでした。
3月12日名古屋、
13日大阪、
17日神戸、
19日名古屋と、それぞれ300機以上のB29で夜間無差別爆撃を行いました。
東京大空襲4

このわずか10日間で、58万戸が焼き払われ、200万人以上が焼き出され、死傷者は20数万人にものぼりました。
さらに東京の他地域や全国66都市が焦土と化したのです。
その後、ルメイは原爆投下をも直接指揮しました。

****************************************

(2)原子爆弾の投下

・原子爆弾はアメリカ大統領の指揮下で秘密裏に開発され、トルーマン大統領が日本に投下することを命令しました。

・8月6日、広島に「ウラニウム型核爆弾・リトルボーイ」投下。原子爆弾は、投下から43秒後、地上約600メートルの上空で目もくらむ閃光を放って炸裂し、小型の太陽ともいえる灼熱の火球を作りました。
火球の中心温度は摂氏100万度を超え、1秒後には最大直径280メートルの大きさとなり、爆心地周辺の地表面の温度は3,000~4,000度にも達しました。
人口35万人中死者約14万人、負傷者・放射線被害など数知れず。

・8月10日、長崎に「プルトニウム型核爆弾・ファットマン」投下。この一発の兵器により当時の長崎市の人口24万人中約7万4千人が死没、建物は約36%が全焼または全半壊した。

・日本は世界で唯一の核爆弾の被爆国になりました。
日本人は人類で唯一核戦争の被害を受けた民族になりました。


『ところで、日本の教科書(帝国書院)にはこう書いてあります』
《しかし、ポツダム宣言を日本が黙殺したため、戦争の早期終結を望むアメリカは、8月6日に広島に、8月9日に長崎に原子爆弾を投下しました。》
『この教科書は原爆が落とされたのは、さっさと降参しなかった日本のせいだと書いています。本当でしょうか?貴方の考えを選びなさい』

  A 原爆投下は日本が悪い。  B 原爆投下はアメリカが悪い。


・人数分布を取り、理由を言わせる。
『では真実を確かめてみましょう』

・資料「ポツダム宣言の策略と日本の降伏」を読む。

****************************************
【資料】ポツダム宣言の策略と日本の降伏

 5月31日、アメリカは次の3つを決定しました。
1 できるだけ早く日本に対して原爆を使用する。
2 目標は都市とする。
3 事前警告はしない。

 7月16日、アメリカはとうとう原爆実験に成功しました。

 7月17日、ポツダム会談(米英ソ)が予定より2日遅れて始まります。

トルーマン大統領(4月ルーズベルト大統領が急死)は、ソ連のスターリンから直接「対日参戦は8月15日前後」と聞き出しました。

彼は思いました。
「これでソ連の参戦前に原爆が落とせるぞ!」
そして妻に手紙を書きました。
「これで日本はおしまいだ」

7月24日、トルーマンは日本に原爆投下する命令書を書きました。

7月26日、「ポツダム宣言」が発表されました。
これは、日本に降伏の条件を示したものです。
ところがこの宣言には次のような奇妙なところがありました。

1 ソ連は会議に参加するが宣言には署名しなかった。
2 第12項にあった「天皇の地位は保持する」を丸ごと削除した。
3 公式の外交文書として日本に渡すことをせず、ラジオで発表だけだった。

この3つは「原爆を落とすまで、日本に降伏させないようにするため」でした。

1は、日本が終戦のために頼っていたソ連(日ソ中立条約)が、まだ頼れると思わせておくためでした。
2は、正式な要求ではないと見せかけて日本がまじめに考えないようにするためでした。
いちばん重要なのは2の「天皇の地位は保持する」を削除したことでした。

 元駐日大使ジョセフ・ グルーは
「日本人が一番大切にしているのは天皇である。これまでのような『無条件降伏』要求では日本人は最後の一人になるまで戦うだろう。天皇の地位さえ保障すれば、日本は必ず降伏を受け入れる」
とトルーマンに説いていました。
グルーの努力の結果、ポツダム宣言に「天皇の地位は保持する」 が書き入れられていたのです。
それを削除したのは日本に宣言を受諾させないためでした。

日本政府は悩みました。戦争は終わらせたい。
しかし「天皇のない日本」など「日本」ではないからです。
日本人が天皇陛下の処刑など受け入れるはずはありません。
まさにグルーが考えたとおりでした。
日本がすぐには受諾できないように仕組んだのです。

こうして時間を得たアメリカは、「原爆を戦争で人間に実験」(マンハッタン研究所発表の言葉)してみることができました。

8月6日 広島に原爆投下。
トルーマンは新聞記者に語りました「今までに一番うれしいことだ。」
原爆

原爆2

これを見たソ連は15日の予定を早めて、8日にあわてて満洲に攻め込みました。
この原爆で日本が降伏してしまったら、ソ連がねらっていた満洲・朝鮮・樺太・千島列島がアメリカに取られてしまうからです(本当は北海道も取りたかった)。

8月9日 長崎に原爆投下。
Nagasaki-urakami.jpg

広島型と長崎型では原爆の作り方が違ったので、両方とも実験する必要があったのです。
トルーマンは満面の笑みで原爆投下発表の記者会見をしました。

トルーマン
【8月6日記者会見する嬉しそうなトルーマン「実験成功だ!」】

8月9日深夜、御前会議が開かれ、天皇陛下のご聖断によってポツダム宣言受諾を決定しました。
日本政府は「天皇の地位を保障する」という条件でポツダム宣言を受諾するとアメリカに伝えました。
8月12日アメリカから「天皇の地位」を暗黙のうちに認める回答がありました。
削除した「天皇の地位は守る」を復活させただけでした。
8月14日再度御前会議が開かれ、日本政府はポツダム宣言を受諾しました。
こうして長かった大東亜戦争が終わりました。

****************************************

・正解は「B」だった。
・トルーマンの計画通り進んでしまったことを確認する。

『こうして日本は大東亜戦争を終結させました。2000年の歴史を持つ世界一伝統のある国がまさに滅亡の寸前でした。国民は天皇陛下のお言葉に従って、秩序正しく戦争に負けたことを受け入れました。』

・終戦の詔勅を読んで授業を終える。

****************************************

【資料】終戦の詔勅(要約)

 私は、日本国政府から米、英、中、ソ連の四国に対して、ポツダム宣言を受諾することを通告させた。
 米英二国に対して宣戦した理由は、日本の自立と東アジア諸国の安定とを願うからであり、他国の領土を侵すようなことは望んでいない。
 戦いは4年続いた。わが将兵の勇敢な戦いも、多くの公職者の努力も、一億国民の無私の尽力もあったが、戦局は好転していない。それどころか、敵は新たに残虐な爆弾を使って無実の人々を殺傷している。
 これ以上戦争を継続するならば、ついにはわが民族の滅亡を招き、ひいては人類の文明をも破滅しかねない。そうなってしまっては多くの愛する国民を守り、代々の天皇の御霊に謝罪することもできない。これが、私が日本国政府に対しポツダム宣言を受諾するように命じた理由である。
 考えれば、今後日本国の受けるべき苦難はきっと並たいていのことではなかろう。
 しかしながら、私は時のめぐり合せに逆らわず、堪えがたくまた忍びがたい思いを乗りこえて、未来のために平和な世界を切り開こうと思うのである。
 ぜひとも子孫にまで語り伝え、誇るべき日本の不滅を確信し、責任は重く復興への道のりは遠いことを覚悟し、すべての力を将来の建設のために使い、正しい道を常に忘れず、日本のあるべき姿を堂々と示して、世界の流れに遅れを取らぬよう決意しなければならない。あなたがた国民は、これら私の意をよく理解して行動しなさい。
昭和20年8月14日       
御名御璽

****************************************
・感想文を書かせて授業を終える。
終戦
このページのトップへ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。