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領土問題をいかにコンパクトに教えるか

今日は2月22日竹島の日です。第10回目の記念日ですね。
領土教育の第3弾をお届けします


●前半は、得能 弘一さんの高校・公民科「現代社会」における領土教育「領土問題をいかにコンパクトに教えるか」、

●後半は、昨年2月22日「母娘親子旅:第9回竹島の日記念式典参加の記録:領土教育の重要性」(山崎ちあき)を掲載します。


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領土問題をいかにコンパクトに教えるか


1.はじめに

高等学校において、領土教育を担当するのに、最も相応しい教科は「公民科」に他ならないと思われる。むろん「地歴科」でも可能ではあるが、より多くの生徒が履修するのが、公民科の科目「現代社会」である。

それでは、現在において、「現代社会」では、どのような領土教育が実施されているのであろうか。現行(平成22年度)の「現代社会」の教科書は、11の出版社から16冊が刊行されている。

16冊のなかで、北方領土・竹島・尖閣諸島の3つの領土問題について、3つともに記載があるのが、9冊であり、北方領土のみ記載があるのが、2冊である。よって、5冊の教科書には、全く領土問題についての記述がない。その5冊の出版社は、実教出版(2冊)・三省堂(1冊)・帝国書院(1冊)・東学(1冊)であるが、筆者の高校「地歴・公民科」教諭としての経験(4半世紀を越える)からも、特に実教出版の教科書は、偏向が著しく何度も憤りを覚えたものである。

日本の領土

日本の領海
日本の領海等概念図
( 海上保安庁 海洋情報部より転載・リンク)

では、3つともに記載のある9冊では、どのような記述がなされているのであろうか。 たとえば、東京書籍の『現代社会』では、「日本の領土については、ロシアとの間で北方領土問題、韓国との間で竹島の問題があり、尖閣諸島については中国がその領有を主張している。」とあり、教科書にしてわずかに2行の記述のうえ、我が国の主張も立場も書かれておらず、どこの国の教科書かと見まがうような書きようである。他の教科書も概ね同様の記述であるが、唯一、第一学習社の『高等学校 改訂版 現代社会』のみ、「日本は、ロシアとの間に北方領土問題という大きな問題を抱えている。また、韓国が不法占拠を続けている竹島(韓国での呼称は独島)や、中国が領有権を主張している尖閣諸島(中国での呼称は釣魚島)も、日本固有の領土であるが、双方の主張は平行線をたどっている。」と書かれており、これが最も領土問題について詳しい教科書といえる。

領土問題が、国家の根幹を揺さぶる重大な問題であることは、次第に国民の認知するところとなりつつあり、今後の教科書の改訂においては、大幅な記述内容の増加があることを期待したいが、現行の教科書においては、触れられてもわずかに数行の嘆かわしい状況である。私見を言えば、領土問題の授業時間は、最低でも、それぞれに1時間として3時間は必要であろう。しかしながら、領土問題の授業に、大胆に3時間を割り当てる勇気と見識を持つ教師は少ないものと思われる。そこで、なんとか1時間の授業で、効率よくコンパクトに領土問題を教えることはできないものか試みてみたい。


2.授業の導入

領土問題の授業は、兵庫県立神戸工業高等学校の1年生3クラス(計70名)と、兵庫県立神戸高等学校の1年生2クラス(計80名)で、平成23年の2月に行ったが、前者は、筆者が教諭として勤務する定時制工業科の高等学校で、家庭状況が不遇であったり、中学校時代に不登校であった者が多い。後者は、筆者が午前中に兼任講師として授業を担当している全日制普通科の高等学校で県下トップクラスの進学校である。

まず、授業の冒頭でアンケートを実施した。アンケートが導入である。この授業の目的は、いかにコンパクトに教えるか、であるから、残念ではあるが発問の余裕はない。生徒たちには、領土問題の授業を行うことは予告していないので、事前学習のない正味の彼らの知識や認識が、アンケートに反映されている。なお、アンケート総数は、前掲両校の生徒の合計150名である。

1.現在、日本にはどのような領土問題が存在しますか。
北方領土 ‥‥‥‥‥‥‥‥145名
尖閣諸島 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥75名
竹島 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥63名
沖縄米軍基地 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥11名
沖ノ鳥島 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥7名
対馬 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥5名
樺太 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥2名
小笠原諸島 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥1名
千島列島 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥1名
与那国島 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥1名
無回答 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥5名


ほとんどの生徒が、北方領土の存在を知っており、半数の生徒が尖閣諸島を知っているが、竹島はやや少ない。沖縄の米軍基地を領土問題と誤解している生徒もいるが、沖ノ鳥島や対馬をあげた生徒は知識が豊富なゆえである。

2.1を答えた生徒は、領土問題の相手国をそれぞれ答えなさい。

北方領土: ロシア‥‥‥‥‥‥‥117名
他国・無回答‥‥‥‥‥28名
竹島: 韓国‥‥‥‥‥‥‥‥‥45名
北朝鮮‥‥‥‥‥‥‥‥‥1名
中国‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥9名
他国・無回答‥‥‥‥‥‥8名
尖閣諸島: 中国‥‥‥‥‥‥‥‥‥66名
台湾‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥3名
他国・無回答‥‥‥‥‥‥6名
沖縄米軍基地: 米国‥‥‥‥‥‥‥‥‥11名
沖ノ鳥島: 国際社会‥‥‥‥‥‥‥‥4名
中国‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥3名
対馬: 韓国‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥5名
樺太: ロシア‥‥‥‥‥‥‥‥‥1名
北朝鮮‥‥‥‥‥‥‥‥‥1名
小笠原諸島: 中国‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥1名
千島列島: ロシア‥‥‥‥‥‥‥‥‥1名
与那国島: 中国‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥1名



北方領土が対ロシア、尖閣諸島が対中国であることを生徒はよく知っているが、やはり、竹島についての認知度が低い。沖縄米軍基地の問題については、別単元での授業が必要であり、沖ノ鳥島と対馬については、誤解を招かぬよう領土問題の授業において言及する必要があろう。

3.1を答えた生徒は、それらの領土が現在どのような状況にあるかそれぞれ答えなさい(人数の足らない分は無回答)。

北方領土: ロシアが支配‥‥‥‥‥‥‥78名
日ロ両国で統治‥‥‥‥‥‥15名
日本が支配‥‥‥‥‥‥‥‥‥4名
竹島: 韓国が支配‥‥‥‥‥‥‥‥17名
日本が支配‥‥‥‥‥‥‥‥‥7名
尖閣諸島: 日本が支配‥‥‥‥‥‥‥‥35名
中国が支配‥‥‥‥‥‥‥‥11名
日中両国で統治‥‥‥‥‥‥‥9名
沖縄米軍基地・米国が支配‥‥8名
沖ノ鳥島: 日本が支配‥‥‥‥‥‥‥‥‥1名
国連が統治‥‥‥‥‥‥‥‥‥1名
対馬: 日本が支配‥‥‥‥‥‥‥‥‥4名
樺太: ロシアが支配‥‥‥‥‥‥‥‥1名
小笠原諸島: 日本が支配‥‥‥‥‥‥‥‥‥1名
千島列島: ロシアが支配‥‥‥‥‥‥‥‥1名
与那国島: 日本が支配‥‥‥‥‥‥‥‥‥1名


領土問題の存在を知っている生徒においても、北方領土が、日ロ両国で統治していると答えたり、日本の支配下にあると答える者もいる。尖閣諸島も、日中両国で統治していると答えたり、中国の支配下にあると答える者もいる。竹島が日本の支配下にあると答える者もあり、その知識は必ずしも正確ではない。

北方領土は、ロシアの支配下にあるとの知識を有していた者は78名で、全体(150名)の52%であり、尖閣諸島は、中国が圧力をかけているが日本の支配下にあるとの知識を有していた者は35名で、23%にすぎず、竹島にいたっては、韓国の支配下にあるとの知識を有していた者はわずかに17名であり、たった11%である。

すなわち、北方領土は約5割、尖閣諸島は約2割、竹島は約1割の生徒しか知識を持っていなかったといえる。

4.1を答えた生徒は、それらの領土問題について、日本と相手国のどちらが正しいと思いますか。
北方領土:
日本‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥87名
ロシア‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥3名
わからない‥‥‥‥‥‥‥‥‥55名

竹島:
日本‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥42名
韓国‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥7名
わからない‥‥‥‥‥‥‥‥‥14名

尖閣諸島:
日本‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥64名
中国‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥1名
わからない‥‥‥‥‥‥‥‥‥10名

3つの領土問題の存在を知っていた生徒ののべ合計が283名であるが、その中で、日本の主張が正しいと思っている者が193名であり、領土問題を知っていても、約3割近くの生徒が、日本が正しいと答えられなかったのである。これらのアンケート結果を見るだけでも、領土教育の必要性を痛感せずにはいられない。


3.授業の展開

アンケートの実施後は、その結果を横目に見つつ授業を展開しなければならない。理想を言えば、前時の最後にアンケートを行っておけば、結果を踏まえた授業ができる。また、丁寧な板書をしていては、1時間で領土問題を教えることはできないので、板書事項を厳選したうえで、それを穴埋め式の授業プリントとして作成した。(末掲)


4.授業のまとめ

授業では、できるかぎり歴史的事実や法的な事実を冷静に話すように心掛けた。また、時間があれば相手国の主張も取り上げて反論を加えたいものである。

授業のまとめも、授業の導入と同様にアンケートを実施した。在日韓国人や華僑の生徒もいることから、日本は思想信条が自由な国であり、どのように答えてもよいことを念押ししてから、導入でのアンケート「4」と同じ質問をしてみる。

1.それぞれの領土問題について、日本と相手国のどちらが正しいと思いますか。

北方領土:
日本‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥145名
ロシア‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥0名
わからない‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥5名
竹島: 日本‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥138名
韓国‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥4名
わからない‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥8名
尖閣諸島: 日本‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥143名
中国‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥0名
わからない‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥7名


単純にこの回答結果をもって満足するものではないが、少なくとも、領土問題の存在を知らなかったり、知識が不充分で「わからない」と答えた生徒が大幅に減少したことは、領土教育の成果と捉えてもよいのではなかろうか。次いで、自由に自分の意見を書かせてみた。

2.それぞれの領土問題について、その解決のために日本はどのような行動をとればよいと思いますか。自分の考えを自由に述べなさい。
この質問への文章による回答から、要点を分類してみると次のようになる。

北方領土:
政府によるもっと強気の交渉‥‥144名
国際社会への積極的な働きかけ‥‥68名
学校でもっと領土教育をすべき‥‥46名
妥協案による返還交渉‥‥‥‥‥‥20名
軍事力の増強‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥6名

竹島:
政府によるもっと強気の交渉‥‥116名
国際社会への積極的な働きかけ‥116名
学校でもっと領土教育をすべき‥‥64名
平和的な交渉の継続または静観‥‥12名
軍事力の増強‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥10名

尖閣諸島:
政府によるもっと強気の抗議‥‥126名
国際社会への積極的な働きかけ‥‥82名
自衛隊による防衛‥‥‥‥‥‥‥‥62名
学校でもっと領土教育をすべき‥‥44名
早急に資源を開発‥‥‥‥‥‥‥‥34名

多くの生徒が、日本政府の積極的な取り組みを望んでいることがわかる。すなわち、相手国に対しては強気の交渉・抗議を、国際社会に対しては日本の主張をアピールし、学校教育において領土問題をきちんと教えること、である。まさに、生徒たちの望むことは、心ある日本国民が望むことと同じではなかろうか。


5.おわりに

たった、50分1コマ(授業の導入に5分、展開に30分、まとめに15分)の急ぎ足で領土問題の授業を行ったが、教育的効果は充分にあったものと思われる。今後、少なくとも、小学校・中学校・高等学校(それぞれに一度は必ず)において、発達段階に応じた領土教育が、全国的に実施されることを切に願うものである。

最後に、生徒の意見(まとめのアンケート「2」)をピックアップしてご紹介したい。結果として、県立神戸高等学校の生徒に偏ってしまったが、女子生徒に頼もしい意見が多かったことは意外であった。それだけ、近隣国の重圧と政府の無策を感じとって危機感を募らせているのであろう。


■ 北方領土

•今までに取り返すチャンスがあったろうに、いっこうに取り返すことができていないのは、日本のリーダーに信念に基づく主張がないからだと思う。特に最近は大きくなめられているので、もっと、国際社会に訴えなければならない。私は一度、北方領土が見えるところまで行ったことがあるが、国民全員がもっと知識を持つべきだし、一致団結すべきである。(女子)
•領土を分けるという解決案が出ているようだけれど、それで納得してしまってはいけないと思う。ロシアが返してくれそうにないからといって、妥協してしまったら最後だと思うので、日本はこれからもねばり強く北方領土の返還を要求すべきだと思う。元々は日本の領土であるということを忘れてはいけない。(女子)
•日本の主張をもっと強くロシアや国際社会に伝えるべきだ。日本の首相が非力だから日本の国力も低下しているので、国民全体で問題を考えるためにも、学校教育でもっとしっかりこの問題を取り上げることが必要だと思う。(女子)
•ロシアに日本と友好的な関係を結ぼうとする気があるなら、不正に持っている物を返してからでないと結ぶ権利はあちらにはない。ロシアが4島を一括返還してこないなら、日本はこれから先、百年でも2百年でも、友好的な条約など結ぶべきではないと思う。(女子)


■ 竹島

•国際司法裁判所にこの問題を訴える案を再提案し、拒否されたら、その理由を粘り強く聞き出すべきで、理由に納得がいかなければ、日本の主張を強く正確に伝えるべきです。また、国連に対して、どちらか1国の訴えで裁判できるように働きかけなければならないと思います。(男子)
•韓国では幼い時から「独島は自分たちのもの」と教えられ、今後そう教えられた人たちが国を動かしていくので、取り戻すのは時間が経つにつれ難しくなると思う。日本では、私が今回初めて竹島を知ったぐらいで、意識の違いが大きすぎる。日本でも小学生の時からこの問題をしっかりと取り上げ、知識を持って大人になる必要がある。韓国に返す気がなくても、日本は竹島が日本領であることを世界に発信していく必要があると思う。(女子)
•不当に竹島を奪った韓国をこのまま許しておくべきではないと思う。今、韓国が北朝鮮に手を取られている間に、政府は竹島問題の詳細な経過を発表して、もっと国民に関心をもってもらうべきである。韓国がごねるなら、日本領である証拠資料を日韓首相会談等の際に突きつけるべきだ。それでもごねるなら、アメリカなどの国々にも協力してもらうべきである。たかが島1つ、されど島1つ、不当に取られたものを黙って見ているだけは、絶対にしたくはないし、してもいけない。(女子)
•日本人があまりにもこの問題に関して知らな過ぎると思います。あちら側は徹底的に韓国に有利なように子供たちに教育しています。日本としては、もっと子供たちに教えて、国民の関心を向上させるべきだと思います。島根県が制定した「竹島の日」がこの間ありましたが、北方領土の日のように新聞に大きく載ったりしませんでした。これでは島根県の人たちも浮かばれませんし、この問題を「知らない」日本人がいるということは情けないことだと思います。(女子)
•韓国は小さい子供に「竹島は韓国領だ」と教え込んでいるらしいが、日本では領土の勉強を小さい頃からしていないので、世代が変わるごとに不利になっていくと思う。だから韓国に負けないように、日本は正しいのだからもっと教育の場で教えるべきだ。(男子)


■ 尖閣諸島

•先に相手国の軍隊に上陸されてしまっては、外交に弱腰の現在の日本にとって、対策案を作り出すこともできず、既成事実化されてしまうので、早く灯台を作り、自衛隊を派遣するべきだと思います。(男子)
•日本の領土なのだから早急に資源開発に着手すべき。海上保安庁はしっかり仕事をしているのに政治家が弱すぎる。やはりもっと賢明な人が出てくるべき。武力ではなく、賢さと意志の強さが必要だと思う。(女子)
•中国は対チベットといい対台湾といい、横暴すぎる。全国民がそうであるとは限らないがそのように思えてならない。日本が武力で対抗できないのなら、何としてでも言論で明確に主張する必要がある。中国との貿易がなんだかんだという前に、もっと国内を固めて全力で中国にぶつかるべきだ。先手を打たれる前に防御をしっかりして、国を守ってほしい。(女子)
•日本は決して弱腰にならず、堂々かつ冷静に対処し、相手のやりすぎな行動に関しては世界にうったえる必要がある。世界を味方につけられるように、説得力のある主張をはっきりしていくべきだ。力を持ち出した中国になめられだすと、日本はだめになってくる。他の領土も無理やりとられるかもしれない。(男子)



参考文献•下條正男『竹島は日韓どちらのものか』(文春新書・平成16年)
•山田吉彦『日本の国境』(新潮新書・平成17年)
•『別冊宝島 ニッポン人なら読んでおきたい 竹島・尖閣諸島の本』(宝島社・平成17年)
•斎藤勉・内藤泰朗『北方領土は泣いている』(産経新聞出版・平成19年)
•寺澤元一「竹島問題を理解する10のポイント」『歴史と地理』628(山川出版社・平成21年)
•芹田健太郎『日本の領土』(中公文庫・平成22年)
•伊藤隆監修・百瀬孝著『史料検証 日本の領土』(河出書房新社・平成22年)
•水間政憲『いまこそ日本人が知っておくべき「領土問題」の真実』(PHP研究所・平成22年)
•藤岡信勝・加瀬英明編『中国はなぜ尖閣を取りに来るのか』(自由社・平成22年)






母娘親子旅
第9回竹島の日記念式典参加記
領土教育の重要性


(山﨑ちあき)

メチのいた島
杉原由美子著『メチのいた島』

2月21日から2泊3日で島根県松江市を訪問した。島根県が2005年に、2月22日を「竹島の日」と制定し、今年で第9回目となる記念式典に参加するための島根旅行だった。

松江に到着した日は例年通りに竹島資料室に直行した。今年の特別展示は地図であり、長久保赤水の地図をはじめ、韓国が主張する独島が韓国領でないことが明らかな証拠が数多く展示されていた。その裏の資料展示スペースには山陰中央新報より発売された『メチのいた島』が置かれていた。この絵本は、隠岐出身の杉原由美子さんが昨年自費出版で出されたものを山陰中央新報が全国に発売していた。「メチ」とはニホンアシカを指し、隠岐の島の子どもたちとニホンアシカとのふれあいの様子が分かりやすく描かれている絵本だ。また、巻末には竹島の歴史が書かれているため、小さい子でもとっつきやすい竹島問題導入本としても最適だと感じた。

今年は大韓民国独島郷友会会長、崔在翼氏の「竹島の日記念式典」抗議活動がメディアで取り上げられていたが、私がいた頃は何社かのマスコミのみだった。

今年は聯合ニュースの東京支社からインタビューを受けたが、彼は東京に来て、1年ちょっとという割には腰の低い記者であった。

質問内容は

① 日本での竹島に関する関心度

② 竹島問題についてどう思うか

③ この問題はどうやったら解決するか

という内容だった。

① に関しては、「李明博元大統領が竹島に上陸したことで、高まりましたね」と答えると、記者は苦笑いだったが、納得した様子だった。

結局、注目していた崔氏が資料室を訪れたのは、私が帰ってから約1時間後のことだった。私は夕方のニュースでひと悶着の場面を目にしたのだった。

式典当日は静かな朝を迎えたが、早くから会場付近の主要道路には警官が配備され、交通規制を行っていた。毎年の光景であるので見慣れたものであったが、今年は例年にも増して街宣車は増えるのではないかと密かに思っていた。

母と早い昼食をとっていると、外が騒がしくなってきた。どこから音が聞こえてきているのか分からなかったが、資料室前まで行くと謎が解けた。街宣行動が始まっていたのだ。


街宣車と警察の攻防県民会館前にて 街宣車と警察官の攻防戦

県庁、資料室、県民会館へと続く大きな道路への街宣車の侵入を拒否していた警察と街宣車の攻防戦が行われていて、多くの報道陣が押し寄せていた。現場では東京で目にする街宣車とは比較にならない位の爆音が響いており、隣の人との会話ができない程だった。この日は、崔氏が県民館前で抗議活動を行うという情報を事前に見ていたので、10分ほど街宣行動を見学し、会場に向かった。結局、県庁付近に多くの保守系団体が崔氏を迎えうったため、警察や機動隊に護衛された崔氏は抗議活動を行えないまま、数10メートル歩いただけで、乗ってきたマイクロバスに押し戻される形となったようで、私は彼の姿を直接確認することはできなかった。

今年の式典には亀岡政務官が出席し、昨年に続き政府代表が出席したのは2回目である。

政務官、溝口県知事のあいさつは例年通りであったが、島根県議会五百川純寿議長の挨拶が始まると、会場から一斉に「売国奴!」「帰れ!」「県議会解散しろ!」などといったヤジが飛んだ。ここまでの多さは、私が式典に参加した中では最大級であり、祝辞を述べても聞き取るのが困難な程であった。はじめは、なぜここまで県議長に対しヤジが多いのか不思議であったが、慰安婦問題について失態を犯してしまったことを思い出した。

島根県議会は、2013年6月26日に日本軍「慰安婦」問題への誠実な対応を求める意見書を政府に提出した。

この中で、

1.日本政府は「河野談話」を踏まえ、その内容を誠実に実行すること

2.被害女性とされる方々が2次被害を被ることがないよう努め、その名誉と尊厳を守るべく、真摯な対応を行うこと

と明記している。この内容に国民が怒りを表していたのである。

司会者も「静粛に」という声を何度も発するが、県議長の挨拶が終わるまで、ヤジが続いた。あまりの多さに、今年は誰か会場から連れ出されるかも?と思って会場を見ていたが、県議長以外の人に対しては静かにしているとのことだったからか、誰も会場から連れ出されることはなかった。


竹島100問100答
『竹島100問100答』

第2部では、2月に発売された『竹島100問100答』に関する紹介であった。この本は難易度が3段階に分かれていて、尚且つ竹島とは何かというところから記載されているため、どんな世代にも対応した1冊である。また、最後の章では実際に島根県で行われている竹島の授業案が紹介されているため、領土教育の参考にして欲しいとのことであった。


来年は式典も10年を迎える。この竹島の式典が北方領土と同じ道を辿らないためにも、島根県のみでなく全国規模の領土教育を徹底していく必要がある。さらに、学校教育で補えない世代に如何にして竹島について認知してもらうかが今後の課題ではないかと感じる次第である。
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「幻の尖閣切手」 琉球政府郵政庁職員たちの知られざる気概の物語

領土教育「幻の尖閣切手」
琉球政府郵政庁職員たちの
      知られざる気概の物語


 私たちの本部である【授業づくりJAPANの「日本人を育てる授業」】で、
横浜の小学校教諭・安達先生の授業「尖閣はいかにして日本の領土となったか」が紹介されています。
(→リンク先をどうぞ)
授業づくりJAPANの「日本人を育てる授業」

今回は、この素晴らしい授業を補足する資料編を掲載します。読み物資料です。
工夫すれば「道徳」の授業にもなると思います。
「愛国心・愛郷心」の徳目でいかがでしょうか。

では、尖閣諸島をめぐる沖縄男児の感動の物語をどうぞ。

■ 不思議な切手 ■

尖閣切手
海洋シリーズ第3集切手『海と海鳥と島』

◎ 発問 ◎
切手に注目してください。
1.何が描かれていますか?
  疑問に思うことはありますか?
2.どんな場所ですか?
3.鳥の名前は何だと思いますか?


『この切手は、1972年4月14日、祖国復帰直前の沖縄で発行された海洋シリーズ第3集の『海と海鳥と島』という切手です。
切手にはこの島がどこなのか、海鳥の名前は何なのかまったく示されていません。
どうしてでしょうか???』


【読み物資料】

この島がどこなのか長年の謎でしたが、沖縄県石垣市の尖閣諸島を研究する国吉真古(まさふる)氏の聞き取り調査によって、尖閣諸島と判明しました。

実をいうと、描かれている鳥は「アホウドリ」です。
アホウドリは伊豆諸島の鳥島と沖縄の尖閣諸島でのみ繁殖が確認されている鳥なのです。
アホウドリ
沖縄の尖閣諸島と伊豆諸島の鳥島でのみ繁殖が確認されているアホウドリ

沖縄の海でアホウドリが生息する島といえば、尖閣諸島以外にあり得ません。
この琉球切手は、わが国固有の領土である尖閣諸島をテーマにした唯一の切手です。

切手の発行は国家の意思を表すことがあります。

青く美しい海に浮かぶ尖閣諸島。
その南小島の切り立った断崖でアホウドリが飛翔し、戯れている姿を描いた「尖閣切手」。
この切手は、尖閣諸島が日本の沖縄に属していることを明確に主張しています。

尖閣切手は、沖縄の祖国復帰(5月15日)の目前、昭和47年(1972年)4月14日に発行されました。
琉球政府郵政庁の職員たちが、この時期に発行に踏み切った理由は何だったのでしょうか。
この切手が日の目を見るまでには、職員たちの知られざる苦労とそれをはねのける強い意志が存在したのです。
わが国の領土を守らんとする揺るぎない決心で極秘のプロジェクトを遂行した職員たちの気概の物語を紹介しましょう。
            ◆◆◆

昭和20年(1945年)、大東亜戦争に敗れた日本は連合国(GHQ)に占領されました。
苦難の占領期を終え、昭和27年(1952年)4月28日にわが国は独立を回復しますが、沖縄県はアメリカの直接統治下に置かれました。
当然、尖閣諸島も沖縄の1部としてアメリカの施政権下にあります。

沖縄の郵政事業は昭和23年(1948年)に始まります。
はじめは無料だった郵便配達が有料制になり、「琉球郵便切手」が生まれました。
沖縄の名だたる画家たちが原画を描き、南国風のデザインと鮮やかな色彩で切手コレクターの間で人気を博します。
「沖縄美術の珠玉」と称されたほどです。
日本への復帰で琉球郵便が廃止になるまで、261種を発行しました。

■ 台湾・中国、突如の領有権主張 ■
1960年代、折から石油資源の枯渇が危惧されるようになりました。
そこで、世界各地で新たな油田を発見しようと調査が進められていました。
昭和44年(1969年)のことです。
国際連合のアジア極東経済委員会による海洋調査で、尖閣諸島の周辺にはイラクの埋蔵量に匹敵するほどの大量の石油が存在すると報告されたのです。

尖閣諸島は、明治28年(1895年)1月14日に正式にわが国の領土に編入されました。
明治18年(1885年)以降、日本政府が綿密な現地調査を行なった結果、無人島であり、かつ、清国(中国)の支配が及んでいないことを確認した上での閣議決定です。
尖閣諸島がわが国固有の領土であることは、歴史的にも国際法上も疑いようがありません。

ところが、尖閣諸島周辺に大量の石油が埋蔵されていることが判明すると、海域を接する台湾の国民党政府と中国は、突如、領有権を主張しはじめたのです。
明けて、昭和45年(1970年)、尖閣諸島をめぐる状況はますます緊迫していきました。
200以上もの市町村や経済団体によって「尖閣を守る会」が組織され、大規模な運動がはじまりました。

これを受けて、琉球政府は尖閣諸島の「領土宣言」を発し、琉球立法院も「尖閣防衛」の決議をしています。
琉球政府通産局の砂川局長は、琉球政府が権限を持っている間に尖閣周辺の石油鉱業権を許可したいと、「尖閣開発KK」の創設に奔走しました。

一方、沖縄返還にむけての日米協議は、尖閣諸島の帰属をめぐって紛糾しました。
なぜなら、米国政府が尖閣を返還協定内に含めることを渋ったからです。
日本側は米国の態度に怒りました。
沖縄開発庁の山中定則長官らが尽力して、最終的には無事に返還されることになりました。

そして、ついに昭和46年(1971年)6月、「沖縄返還協定」が調印の運びとなり、翌年5月に沖縄県が祖国に復帰することが決定しました。
ところが、この協定調印を挟んで、4月には台湾の国民政府が、12月には中国が尖閣諸島の領有権を正式に表明したのです。

■ 尖閣切手を発行せよ! ■

中・台の理不尽な領有権主張は、国民の怒りを招きました。
なかでも沖縄県民の危機感は尋常ではありません。
琉球切手の発行を職務とする琉球郵政庁の職員たちも思いは同様でした。

「琉球郵政庁が切手発行の権能を有している間に、尖閣諸島を題材にした切手を発行したい」

切手の発行によって、尖閣諸島がまぎれもなく日本の領土であるということを刻印したいとの強い思いが湧き上がってきたのです。
そこで、琉球郵政庁は、尖閣諸島の1つである魚釣島の「地図切手」の発行を計画します。
原画を滞りなく作成し、大蔵省(現・財務省)印刷局に切手の印刷を依頼しました。
印刷も仕上がり、あとは琉球郵政庁に向けて発送を待つばかりという時、その地図切手の存在が外務省の知るところとなりました。
すると、何と外務省は
「中国や台湾などを刺激する」
として、発行禁止を強く要求してきたのです。

この時期、中・台は不当な領有権主張をますます強めており、日米両政府は両国を刺激しないように神経質になっていました。
「こんな時に尖閣諸島を描いた切手などとてもじゃないが発行できない。
これで外交がこじれてしまったら一大事だ」
ということでしょう。

沖縄はまだ返還されておらず、米国統治下にあったのですから、琉球政府に対する外務省の要求は米国への内政干渉にあたります。
しかし、順調な沖縄返還を望んでいた米国政府が目くじらを立てなかったため、琉球政府は切手の発行を断念せざるを得ませんでした。

これに切歯扼腕したのが、郵券課長の浜元暁男氏でした。
「尖閣をテーマとした切手発行を、なぜ日本政府は嫌がるのか。
長い目で見るなら、ここで尖閣の領有権を明確にしておく方が得策ではないか!」

浜元暁男
琉球郵政庁郵券家鳥(当時)浜元暁男

海軍予科練出身で剛胆な性格だった浜元課長は、
「それならば、せめて尖閣を舞台にした『海洋シリーズ切手』を発行したい」
と思いました。

折しも復帰3年後の昭和50年(1975年)に「沖縄国際海洋博覧会」の開催が決定されていました。
この海洋博記念を名目にして海洋シリーズを企画し、これに尖閣諸島を盛り込めば、復帰直前の混乱の中で当局のチェックをごまかせるのではないか、と考えたのです。

「日本政府が尖閣切手を認めないというなら、巧妙にカムフラージュして、推し進めるだけだ。
政府は『琉球政府が勝手に発行した』とすればよい」
と浜元課長は強気です。
こうして、郵政庁首脳幹部だけの「極秘プロジェクト」による尖閣切手の発行計画がスタートしました。

ただし、万一、情報が洩れて日本政府の知ることになったら、すべては水泡に帰してしまいます。
プロジェクトの遂行には、細心の注意が必要でした。

海洋シリーズ切手は、次の3つで構成されることになりました。
•第1集:「島と海」(昭和47年3月21日発行)
•第2集:「珊瑚礁」(同年3月30日発行)
•第3集:「海と海鳥と島」(同年4月14日発行)

第1集「島と海」は、実は「魚釣島と尖閣の海」の図柄を計画しました。

「海上にまっすぐ突き出た岩石の島だけでは、どこの島なのか誰も分からない。
何か言われたら、最後まで知らぬ存ぜぬで押し通すぞ」
と浜元課長。
切手の原画を描くためには写真が必要です。
そこで、峻険な岸壁が鋸立する魚釣島の雄姿を撮影するために、2人の部下を2週間の出張に出しました。

しかし、天候不順で部下たちは尖閣諸島までたどり着けず、写真を撮ることができませんでした。
この秘策は失敗…、やむをえず第1集の題材は「慶良間諸島の海と島」に変更となりました。

切手の図案を思案しているところに大ニュースが飛び込んできました。
昭和46年(1971年)、琉球大学調査団が、国指定の特別天然記念物で絶滅危惧種のアホウドリが尖閣諸島の南小島で生息しているのを発見したのです。
この種は地球上で、伊豆諸島の鳥島(東京都)にしか生息していないとされていたので、沖縄中が沸きました。

そこで、浜元課長は
「アホウドリを描いた切手を発行することで間接的に尖閣諸島が沖縄に属していることを主張できる」
と考えました。


浜元課長は第3集の原画を画家の安次富(あしとみ)長昭氏(現・琉球大名誉教授)に依頼します。
そして、描く島は「尖閣諸島の南小島」、描く鳥は「アホウドリなり」と注文をつけました。

安次富長昭
安次富長昭(現・琉球大名誉教授)

しかし、珍しい鳥なので安次富画伯は実物を見たことがありません。
そこで、郵政庁長だった渡嘉敷真球(しんきゅう)氏がじきじきにアトリエまでアホウドリの剥製を届けにきます。
さらに、アホウドリを発見した琉球大調査団団長の池原貞雄教授から、この時に撮った写真を借り、調査団メンバーの新納(にいろ)義馬教授から尖閣諸島の情景を詳細に聞き取りました。

尖閣諸島の紺青の海、波洗う峻険な南小島の断崖、その上空を舞い、岩場で戯れるアホウドリ。
安次富画伯は資料を元に描いていきます。
完成した「海と海鳥と島」、すなわち「尖閣の海とアホウドリと南小島」の原画は、目が覚めるような鮮やかさで素晴らしい出来映えでした。

第3集の極秘プロジェクトは着々と進展しました。
切手審議会を問題なくパスし、大蔵省印刷局へ送付、日本政府からのクレームもなく250万部が印刷されました。
尖閣切手は、誰もが一般的な「海と鳥と島」が描かれていると疑いませんでした。
浜元課長の作戦は功を奏しました。

そして、4月14日、尖閣切手は予定通り発行されました。
それは沖縄の祖国復帰、すなわち琉球郵政庁消滅の1ヶ月前のことでした。

尖閣諸島の研究者・国吉真古(まさふる)氏は次のように述べています。
「現政府の尖閣への対応は期待外れ。
当時の職員は領土に対する強い思いがあったはずだ。
多くの人々に認識を深めてほしい」

身の危険も顧みず、尖閣諸島を守るために極秘プロジェクトを成功させた浜元氏をはじめとする琉球郵政庁の職員たち。その愛国心・愛郷心の確かさに心打たれます。
南国風の色鮮やかな尖閣切手は、尖閣諸島の日本領有を主張し続けているのです。
《終わり》

切手説明書
切手の説明書。海洋シリーズ第3集『海と海鳥と島』


〈参考資料〉
◆尖閣諸島文献資料編纂会
『尖閣研究ー高良学術調査団資料集上下』(データム・レキオス)2007年
◆読売新聞2012年5月11日
「『尖閣』秘した琉球切手」
◆琉球新報 2010年11月1日
論壇「尖閣諸島の琉球政府切手 日本政府の〝干渉〟で幻に」
琉球新報記事


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尖閣はいかにして日本の領土となったか

●「授業づくりJAPAN YOKOHAMA プライマリー」代表:安達弘さんの授業(中学生向け)です。
安達弘さんのブログはこちらです。
授業づくりJAPAN YOKOHAMAプライマリー

●メインの資料である琉球切手は服部剛さんが教材開発したものです。こちらを参照してください。
幻の尖閣切手- 琉球政府郵政庁職員たちの気概の物語




「尖閣はいかにして日本の領土となったか」を教える


◆ 領土教育の授業づくり3つのポイント

昨年は北方領土、そして今年は尖閣諸島の授業を提案させていただいた。
この2つの授業づくり及び「授業づくりプロジェクト」でのアドバイスをふまえて、次の3点を「領土教育の授業づくり3つのポイント」として提案したい。

I .興味がもてる導入を工夫する
II. 「事実」を自分で調べさせる
III. そこに生きた人の姿を教える

この Ⅰ.Ⅱ.Ⅲ.の学習を生徒側から捉えると次のようになる。

「この勉強は面白そうだな」と〈身〉を乗り出す
「ここはわが国の領土だ」という「正義を〈頭〉で理解する
そこに生きたご先祖様の姿を思い浮かべて〈心〉で感じる




◆ 授業の展開(対象は中学生)


【1】1枚の琉球切手


とくに前置きはしないで、次の資料を黒板に貼る。

琉球切手
先覚

資料はアホウドリが図案になった琉球切手である。そして、次のように指示する。

この写真を見て気づいたことや、わかったことをノートに箇条書きで書き出してみましょう。

作業の時間を約3分〜4分間与えた後に発表させる。

生徒から出てきた気づきを、おおよそ以下の3つのカテゴリーに分けて板書する。

(1)海、島、絶壁などの地形に関すること
(2)鳥に関すること
(3)「琉球」等の表記に関すること


生徒の発表が終わったら、以下の順番で生徒の気づきを取り上げる。そして、資料等を見せながら説明をしていく。


(1)「地形」を取り上げる

まず、この切手の図案はいま問題になっている「尖閣諸島」であることを教える。そして、3つの地図を順に示して尖閣諸島の正確な位置、近隣諸国との距離、島の名前も確認させる。

日本列島における位置
尖閣2

近隣諸国との距離
尖閣3

5つの島と3つの岩礁
尖閣4

また、島の写真を見せて、5つの島と3つの岩礁から成っていること、現在は個人の所有になっていることなどを教える。尖閣諸島のアウトラインをここでチェックする。

尖閣諸島
尖閣5


(2)「鳥」を取り上げる

この図案に描かれている鳥はアホウドリであることを教える。アホウドリは絶滅危惧種である。世界広しといえども、尖閣諸島と伊豆諸島でしか繁殖しない。この事実は生徒を驚かせるはずである。

アホウドリの大きさ
アホウドリの大きさ

アホウドリの群れ
アホウドリの群れ

センカクモグラ
センカクもぐら

ちなみにアホウドリは全長約92センチ、翼長2.4メートルの大型の海鳥である。その飛ぶ姿はたいへん優雅で、古名には「沖の大夫」(海の沖を飛ぶりっぱな鳥)という名前もあるほどである。この鳥がなぜアホウドリと呼ばれているかと言うと確かに空では優雅な飛行を見せるが、地上ではヨタヨタと歩き、簡単に人間に捕まってしまうかららしい。

さらに時間があれば尖閣諸島に棲息する動植物の固有種の多さにもぜひ触れたい。


(3)「表記」について取り上げる

おそらく生徒は「琉球郵便」と「5セント」という表示には必ず気付くはずである。しかし、ここではその気づきだけはほめて「琉球」が「沖縄」のことであることのみを説明する。

この気づきは次の学習で明確になることを予告して次に進みたい。
謎を残して興味を引っ張るのである。

(なお、授業の最後にこの琉球切手の話題を再度取り上げる。なぜ図案に「尖閣諸島」を取り上げようと考えたのか?当時の人の考えを予想してみる、という学習をしてみたい)


【2】年表を読み取る

「尖閣諸島の歴史」年表「尖閣諸島の歴史」年表(右図)を配布し、以下のように発問する。
年表「尖閣諸島の歴史」
尖閣諸島の歴史年表

この年表を見ると尖閣諸島は間違いなく日本の領土だ、という証拠がたくさん見つかります。
探して線を引いてみましょう

ここは作業の時間を十分に取る。

机間巡視しながら生徒の様子を見て、発表させる。

生徒に気づいて欲しいのは以下の5つの事実である。生徒の発表を受けて、追加資料を示しながら説明をする。

(1)我が国は約200年も前に尖閣諸島を領有する意志を示していた
 「先占」という考え方を教える。民法239条に「無主の、すなわち、現在所有者のいない動産を、所有の意思をもって占有することをいい、これにより、その動産の所有権を取得することができる」とある。国際法上の領土問題にもこの考え方が適用されている。つまり、どの国家のものでもない土地に対し、ある国家が他の国家よりも先に「ここは私たちの領土です」と意思表示し、行動することでそこは自国の領土と認められる。
##当時の明治政府は、入念な事前調査をしている。他国がこの島に対してどんな行動を取っているかを確認しているのだ。用意周到に下調べをして無用なトラブルが起きないように気を配っている。


(2)私たち日本人のご先祖様がこの島で実際に生活を営んでいた
尖閣諸島にはその豊富な海産物に目を付けたさまざまな人々が開拓にチャレンジしている。が、その中で本格的な開拓に挑み、成功したと言えるのは古賀辰四郎だけのようである。

中央の白い帽子が古賀さん
中央白帽子が古賀さん

カツオブシ工場
鰹節工場

 辰四郎は福岡県の農家の出身で一民間人である。尖閣諸島の調査を独自に進め、開拓許可の申請を出している。この辰四郎の許可申請が政府による調査のきっかけになったらしい。こうした名もない一日本人の行動力が自国の領土を広げたのであり、これによって現在の私たちは豊かな資源を手にするという恩恵に預かろうとしているのだ。生徒にもこうした過去と現在・未来のつながりを実感して欲しい。
  また、辰四郎がさまざまな事業を展開し、島に工場や労働者の住居・食堂・浴場などの施設があったことも話題にしたい。生徒たちに当時の生活の匂いを教室で感じさせたい。


(3)中国政府自身が「尖閣諸島は日本の領土だ」と認める感謝状を贈ってきている
感謝状1919年に中国福建省の漁民31名が魚釣島付近で遭難した。この頃すでに、尖閣諸島の開拓事業は古賀辰四郎から息子の善次に引き継がれていた。この遭難者を発見した善次らは八重山県庁、石垣島村役場とも協力して救助し、中国へ送り返したと言う。この行動に対して、長崎の中国領事が感謝状を贈呈している。そこに「日本帝国沖縄県八重山郡尖閣列島内和洋島」と書かれている。なお、この和洋島とは魚釣島のことである。
 この感謝状は、いまも沖縄県石垣市役所に保管されている。
中国政府の感謝状


(4)尖閣諸島はアメリカから返還されている。

人民日報
中国発行「人民日報」1953年1月8日 尖閣諸島を琉球群島と明記している
地図
人民日報

台湾が1959年に発行した地図(台湾と尖閣の間に国境線がある)
台湾発行地図

中国が1960年に発行した地図(尖閣が国境線より日本側にある)
中国発行地図

 日本がかつてアメリカを含む連合軍に占領された歴史があることは小学生でも知っている。尖閣諸島は1972年の沖縄返還時に同時に日本に返還されている。日本の領土だったからこそ「占領」されたのであり、もともと日本の領土なのだから「返還」されたのである。
この事実は尖閣諸島が、日本のもの→占領されてアメリカのもの→再び日本のもの、というルートをたどったことを証明している。小学生でも理解できる単純明快な論理だ。

 導入の時に残していた「琉球」について触れる。まず、沖縄はかつて「琉球王国」という独立国であり、「琉球」という言葉が、いまも残っている理由はここに由来することを教える。次に、切手にある「琉球政府」というのはアメリカ占領時の沖縄統治機構の名称であることを教える。つまり、この切手はアメリカ占領時に発行されたものであることがわかる。単位が円でなくセントである理由もこれで理解できる。

(5)中国・台湾の領有権主張は国連の海底調査以降である。

 年表を見ると1968年に国連のアジア極東経済委員会が東シナ海を調査している。この調査の結果、尖閣諸島近海の海底に豊富な埋蔵量の油田があることがわかった。つまり、中国と台湾はこの事実を知ってから領有権を主張し始めたのだ。百年以上前から、尖閣諸島を開発してきた歴史をもつ我が国とは比較にならない「軽さ」である。


【3】古賀辰四郎の「お話」を読む

最後は生徒に尖閣諸島に生きた日本人の姿を知ってもらう。

この場合は「お話」教材を自作するのがよい。「北方領土」の授業化では元島民の方の生の証言を扱ったが、尖閣諸島の場合は教材にうってつけの人物がいる。古賀辰四郎である。

辰四郎は実際に島で生活を営んだ人物であり、尖閣諸島領有化のきっかけを作った人物である。

以下の教材を先生が読み聞かせる。

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尖閣諸島を開発した古賀辰四郎


 みなさんは尖閣諸島を知っていますか。尖閣諸島は沖縄県の石垣島よりもさらに東の海に浮かぶ小さな島々です。最近、テレビのニュースや新聞記事に取り上げられることも多いので関心を持っている人もたくさんいることでしょう。この島々は明治時代から正式に日本の領土です。ところが、1968年以降、近隣国が領有権を主張し始めました。

「おやじが探検してから90年近く、私が払い下げを受けてから40年にもなります。にもかかわらず中国が何かをいい始めたのは、やっとここ2、3年のことじゃないですか。何をいっているんですかねえ」(1972年週刊誌のインタビュー)

インタビューに答える古賀善次さん
古賀善次さん


こう話すのは古賀善次さんです。善次さんは実際に尖閣諸島で生活した経験をお持ちです。島でカツオブシ工場を営んでいました。じつはこの善次さんのお父さんである辰四郎さんこそが尖閣諸島を開発した人なのです。

辰四郎さんは江戸時代の終わり頃の1856(安政3)年に福岡県の八女市(やめし)に生まれました。八女市はお茶の栽培で有名なところです。

辰四郎さんは何事にも失敗を怖れずに取り組もうとする行動力がありました。それは、お茶の販路拡大をめざして沖縄に渡ったときに、別の新しい事業に挑戦したことでもわかります。それは夜光貝の採集と加工・販売です。夜光貝はサザエに似た貝で内面に真珠のような光沢がある美しい貝です。当時、沖縄の人たちは中身だけ食べて貝そのものは捨てていました。辰四郎さんは捨てられている貝殻を高級ボタンの材料としてアメリカやイギリス、フランスに輸出して大成功したのです。

辰四郎さんは、1884(明治17)年ごろから大東島、ラサ島、鳥島などさまざまな島を探検していました。その中に尖閣諸島も入っていたのです。

息子の善次さんは次のように言っています。

「鳥の多い面白い島だという話が伝わっておりまして、漁に出た若者が魚をとるのを忘れて鳥を追っていたというような話がよくあったそうです。おやじもそんな話を聞いたんですね。そこで、生来冒険心が強い人間なものだから、ひとつ探検に行こうということになったんです」

南小島に乱舞するアホウドリの群れ
南小島アホウドリ

10年かけて作った船着き場
船着き場

カツオ節工場の前で記念写真
鰹節工場2


この島の豊富な海産物に目を付けた辰四郎は政府へこの島の開発を申請しました。

申請書には「アホウドリの羽毛はヨーロッパへの重要な輸出品になる。だが、島をこのままにしておくと乱獲されてしまう恐れがある。きちんと管理しながら事業を進めることが大事だ」という意味のことが書かれています。しかし、当時の政府は島の所属が不明であることを理由に認めませんでした。その後、日清戦争後の1896年についに政府の許可がおりて本格的な尖閣諸島の開発が始まりました。

まず、専門家を派遣して島の風土病、伝染病の有無、ハブやイノシシなどの動物の生態、飲料水の適否などを調べさせました。大きな問題はないことがわかると、技術者のアドバイスを受けて防波堤を築き、水をためるタンクや住居を作って人が住める環境を整備しました。そして、50人を引き連れて島に移住しさまざまな産業を起こしました。アホウドリの羽毛はドイツなどへ輸出。グアノと呼ばれる鳥の糞を含んだサンゴは肥料として台湾へ売りました。その他フカヒレ、貝類、べっ甲などの採集、カツオブシの製造、みかんの栽培なども手がけました。出稼ぎの人たちも島を訪れて島はさらに活気づき、最盛期には284人の島民が島に定住し、「古賀村」と呼ばれるほどでした。

その後、辰四郎さんは採取した海産物をセントルイス万国博覧会に出品して金賞を受賞しました。金賞の受賞は日本製品のよさをアピールし、輸出産業の活性化につながったに違いありません。また、御木本幸吉氏と共同で沖縄に真珠の養殖事業を起こして政府からも表彰されています。

辰四郎さんは明治期の殖産興業を進め、私たちの国を西洋諸国に負けない国へと発展させた人物と言っても過言ではありません。日本の発展に尽くした辰四郎さんは1918(大正7)年に63歳で亡くなり、事業は息子の善次さんに引き継がれました。

辰四郎さんの無人島を開発してそこに産業を興すという勇気ある行動によって、いま私たちは「尖閣諸島は日本の領土である」と力強く証明することができるのです。

-------------------------------------------------
読み終わったら、数人の生徒に感想を求めたい。



【4】なぜ尖閣を図案にしたのか

最後に次の発問をする。

『もう一度、この琉球切手を見てみましょう』

当時の琉球郵政庁の浜元暁雄さんは「尖閣諸島を図案にした切手を発行したい」と強く希望していました。
なぜ、尖閣諸島の図案にこだわったのでしょう。
なお、「この切手が発行されたのは1972年です」というヒントを用意しておく。

中国・台湾の領有権の主張が始まる時期と切手の発行年、沖縄の祖国復帰がほぼ重なっていることに気付かせる。

当時の琉球郵政庁の職員が「尖閣諸島は日本の領土である、ということを自分たちの力でアピールしたい」という強い気持をもっていたことを伝える。

この最後のエピソードの紹介を通して生徒に自国の領土を守ろうとする気概を伝えたい。

なお、この最後のエピソードについては大会2日目に発表された服部剛氏のレポート「幻の尖閣切手〜琉球政府郵政庁職員たちの気概の物語」に詳しい。
幻の尖閣切手-琉球政府郵政庁職員たちの気概の物語


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